虚妄の虎
雨瀬くらげ
1
旧友から久しぶりに会いたいと連絡があった。隣県に住んでいるのは前々から知っていたのだが、「俺の家に来い」と住所をLINEで送ってきた。
会いたい、来い、という言動がなんだか望月らしくないような気がした。彼はもっと優しい言葉遣いをするやつだったと記憶している。もちろん男同士と遊ぶ時はそれなりに汚い言葉を使うが、それでも優しく話すのが月島なのだ。
何かあったのだろうか。それが久しぶりに会いたいと言い出した原因なのだろうか。
まあそれは行って確認すればいい。
とにかく俺は旧友との再会に心躍らせていた。
望月はもう十年くらい会っていない友達である。小中高と一緒で、絵が上手く、何度も入賞しているような奴で、大学も美大に進むすごい奴だった。俺は望月に流行っている漫画やアニメの絵を描かせてはお礼にお菓子を奢っていた。そんな関係を十二年も続け、大学が別々になったきり、連絡をあまり取り合っていなかった。
彼から連絡があった日の夜には荷物をまとめ、翌朝家を出た。早く彼に会いたかった。
望月の住む街の駅まで電車で四時間。朝一番発のものに乗るので、昼までには彼の家に着ける見込みだ。
実際のところ、乗り替えがあったり駅からはバスで移動したりで、彼の家に着いたのはお昼過ぎだった。
彼の家は大きくも小さくもないマンションの一室だ。大人といえどまだ若い男なら当たり前のことだ。
お腹が少し空いていたが、それはきっと望月も同じだろう。彼の家に荷物を置かせてもらってから、どこかに食べに行けばいい。
そう考えてインターホンを押す。
『……はい』
どこか違和感を感じるが、それでも懐かしい声。
「望月か? 山城だ。久しぶりだな」
声が高くなっているのが自分でもわかる。一方、望月は声が少し枯れているようだった。
「おお、山城か。……そうか。来てくれたのか。ありがとう。……悪いが、60秒ほど数えてから入ってきてくれないか。準備があるんだ」
鍵は既に開けてあるという旨を付け加え、インターホンのステレオから何も聞こえなくなった。
準備とは何だろうか。あれこれと予想しながら俺は言われた通りに60秒を数え始める。
きっちり十秒数え終え、ドアノブに手を伸ばした。鍵は本当にかかっていなかったようで、ゆっくりと回すと扉は開いた。
入ってすぐに俺は異変に気がついた。匂いがおかしい。人が住んでいる匂いではなかった。しかしそこかで嗅いだことがある。
そうだ。これはペットを飼っている家の匂い。部屋中が獣の匂いで充満しているのだ。
言葉にならない不安感が湧き上がってきて、俺は暗い廊下を突き進む。
リビングに通じているであろう扉を開くと薄暗い光が差し込み、暗い影が俺の目の前に現れた。
カーテンレースのような白い布の向こうにその影がいる。窓から差し込む光がその影を布に投影しているのだ。
その影は俺がリビングに入るや否や言い放った。
「それ以上近づくな!」
影から聞こえたのはどう懐かしい望月の声だった。思い出と全く同じ彼の声だった。そのはずなのに喜びがない。玄関扉を開ける前の高揚感は消え失せていた。
なぜならその影は人の形ではなかったからだ。
獣の形。虎の形をしていた。
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