【第十話】勉強
ライセンスを受け取ったその日のうちに、彼らは飛行船に乗って、カルナの街を目指した。ライセンス授与は順調に進み、あっさりと解放されたシェリルだが、それでも疲れはある。彼女はカルナの街の空港まで二日間、ずっと寝ていた。それまで魔法を使ったり、憶えることがあまりにも多すぎて、戸惑ってばかりだったからだ。
だがカルナの街について、『海洋亭』のドアを入った瞬間、それまでの疲れが一気に出た。倒れこむような形になったのは、それが理由だった。
彼女の部屋は五階に指定され、双子が彼女を部屋に連れて行った。とはいえ、ジグリットが荷物を持ち、なぜかレイフォンが彼女を抱きかかえた。それでエレベーターに乗ったものだから、レイフォンはよろめいたが。
シェリルが目を覚ましたのはその日の遅く。すでに常夜灯がつき、更に部屋のカーテンは閉ざされていて、夜食がテーブルに置かれている。それこそ双子が気を回した結果だった。
その夜食を食べて、部屋の鍵を確かめると、やはり自動扉だった。これはシェリルにとって天敵のようなものだ。だがとりあえず、文句を言う立場ではない。そう思って、シェリルは鍵であるカードを探して、それを手に取った。
「えっと……確か……」
呟きながらカードリーダーに通すとボタンが青に変わり、それを押すと扉が開いた。ほっとして、それからライセンスブックを手に、練習帳とペンを持って出た。練習帳は双子が仕事で忙しいため、自分で言葉を憶えるために買ってきたものだ。
それを買ってくることすら、彼女は今までなかった。そもそもものを買うということがない彼女だ。それでも買って来て、知らず知らずに勉強をしながら、双子がいない時間、食堂に降りる時、それを手に毎日言葉を少しずつ覚えて、今はかなり話せるようになった。
だがクロードが言うには、孤児はその形をすべて、孤児院で学ぶという。だがシェリルにとっての孤児院は、寝れない場所だった。逃げるしかなかった。だから遺跡に逃げて、見つからないように隠れて暮らした。
それが何年だったのか、シェリルには数えられない。ただ子供の時からのことだった。今も子供だと言われれば、その通りだったが。
ジグリットは部屋で、端末を広げて、ため息をついた。この情報はまだ公開されていない。その情報を彼が受け取ったのは、店主であるクロードに呼び止められたからだ。
「ジグ? どうした?」
「レイ、ちょっと厄介かも。あの子を狙ってるやつがいる」
「ふーん、俺らのこと、知らねぇの?」
「知ってても狙うでしょ、普通。さて、どうしようか?」
ジグリットが悩みだすと、レイフォンは苦笑して、さっき受け取ってきた情報の閲覧を見た。なるほど、密入国なら、これはあり得る。だがここまで特定されたわけではなさそうだ。
それなら自分達が動くまでもない。他の冒険者で事足りる。だがそれはあり得ない。あの少女の面倒を見ることになっている。
「俺らを特定してんの?」
「してないね。ただ僕らのことを知らないにしても、大胆だよね? シェリルの名前を出して、捜しまわってるらしい。僕らが気付かないわけないのにね」
「相変わらずおっかねぇやつ」
レイフォンは真剣に言ったが、ジグリットはどこ吹く風だ。これもこの双子の仲の良さが関係した、単なるふざけ合いである。
翌朝、ジグリットが扉をたたく前に、どんっという素晴らしい音がした。
「またか?」
「まただね。あの子は慣れないな、まだ。試験期間中、ここに泊まってたはずなのに」
笑い合いながら、横にある桟にもたれた。助けようとはしない。少女が……シェリルが慣れるまで、彼らは見守ることにしている。
「あいたたた……」
「うん、痛いだろうね、おはよう、シェリル」
「あ、ジグリットさん、いたなら扉開けてよ」
「それ合鍵ないんだよ。つまり僕達にも開けられない。早くなれようね」
「うー……」
思わずうなってしまうシェリルである。だがこれも勉強なのだろう。そう思った。
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