生涯現役おじレッド 〜新しいブルーがどう見ても同居している姪なんだけど〜

今井三太郎

第一話「くすんだ太陽」

 時はまさにクライマックスであった!



 ボロボロになりながらも立ち上がるヒーロー。


 目の前には悪の怪人。

 そして怪人の背後には捕らわれた少女、守るべき者の姿が。


「ギシャシャ! 我が鋼の甲殻よろいの前では貴様らの攻撃など無意味だギシャー!」

「助けてオリジンレッドーーーッ!」


 かよわき少女の声が、勇ある者に力を与える。

 正義の炎を宿したマスクが、太陽の光を浴びて真っ赤に輝く。


「ヒーローってのはつくづく、“助けて”って言葉に弱いんだなこれが!」


 燃える心と共鳴するように、傷だらけの赤いスーツから陽炎かげろうが立ち昇った。

 かたく握りしめられた拳が、灼熱しゃくねつの魂によって赤く染まる。




 ――必殺技――。




 それはヒーローの華である。


 限界まで追い込まれたヒーローが、わずかな勝利をつかみ取るべく希望とともに放つ。

 まさに起死回生、一発逆転の最終奥義、それが“必殺技”なのである。



「必殺ッ!!! レッドパーーーーーンチ!!!!!」

「ギシャシャシャシャ! 無駄だと言ったはずだギシャ!」



 ムカデを彷彿ほうふつさせる怪人の硬い甲殻に、拳が叩きつけられた。

 しかし渾身こんしんの一撃は怪人の強靭きょうじんな肉体に阻まれ、有効打たりえない。




 それが一発だけでであったならば。




「レッドパンチ! レッドパンチ! レッドパンチ!」

「ギシャッ!? ちょちょ、ちょっと待つギシャ!!?」

「レッドパンチ! レッドパンチ! レッドパンチ!」

「やめっ……ちょっ……! そんなの聞いてないギシャ……!」



 乾坤一擲けんこんいってきの必殺技がわんこそばのように降り注ぐ。

 希少価値など微塵も感じさせない必殺パンチの嵐は、まるで年中やっている靴屋の閉店バーゲンセールか正月の餅まきじみた気前の良さで悪の怪人を打ちのめした。


「レッドパンチ! レッドパンチ! レッドパンチ!」


 いくら戦車の装甲なみに分厚い外骨格をまとった怪人とて、必殺パンチを何十発と浴びせかけられてはたまったものではない。


 ついにはビシビシという生木を裂くような音とともに、頑強な殻にひびが入る。

 怪人の全身に走った亀裂の“内側”から、赤い光が漏れ出た。



「ず、ずるいギシャァーーーッ!!」

「ヒーロー本部“エース”の肩書きは飾りじゃねえのさ!」



 赤い亀裂が怪人の鋼よりも硬い装甲を覆いつくし、ついにはその全身が高熱で真っ赤に染まる。

 百足怪人ムカデンジャラは、決めポーズを取る赤い戦士の背後で断末魔の叫びとともに爆散した。




 怪人の最期を見届けると、赤いスーツの男は拳をゆっくりと開く。


 英雄の視線は、悪しき怪人によって捕らえられていたひとりの幼い少女へと向けられていた。



 大きな赤い手が、少女のわずかに青みがかった髪を優しくなでる。


「もう大丈夫だぞ。よく泣かずにたえたな、いつき」

「ありがとう、オリジンレッド。でもどうして私のなまえを?」

「それはー……あれだ。お兄さんは君のヒーローだからな! もし辛くて苦しくてどうにもならなくなったら、いつでも俺を呼ぶんだぞ。俺はずっとそばにいるからな」

「うん……わかった」


 少女は小さく、しかし力強くうなずいた。



「やくそくだよ、オリジンレッド!」

「ああ、お兄さんとの約束だ」



 ヒーローの職務は苛酷で、常に危険と隣あわせだ。

 人の身である以上、永遠に世界の秩序を守り続けることはできない。


 しかし悪しき者を打ちくだき、善なる者の“今”と“未来”を守る。

 それこそが自分にしかできないヒーローとしての役目だと、オリジンレッドは赤いマスクの下で静かに微笑んだ。



 見事怪人を打ち倒し、少女を保護したヒーローのもとに司令部から通信が入る。



『局地的人的災害反応の無力化を確認。相変わらず見事だ、オリジンレッド。さすが次期長官と目されるだけのことはある』

「よしてください。座り心地の良い椅子は苦手なんですよ。ご覧の通り身体が頑丈すぎるもんで」

『はっはっは、確かに君には前線が似合っているよ。それじゃあ後の処理はバックアップ班に任せて帰投してくれ』


 男は短く了解とだけ通信に応えると、赤いマスクの下で再び唇を引き絞った。

 そしてともに戦った四人の仲間たちに撤退命令を出す。



「行動終了。不屈戦隊オリジンフォース、正義を完了する」



 誰よりも強く、優しく、気高く、かっこいい男。


 爆炎の戦士オリジンレッドこと火野ひの太陽たいようは、不屈戦隊オリジンフォースを率いる若きリーダーである。


 彼は全国五万人のヒーローの頂点に立つ、東京本部所属のエリート。

 年間最優秀ヒーロー賞を五年連続で受賞した不動の“エース”だ。


 ヒーローという言葉を背負って立つに相応しい者は、いまの日本には彼をおいて他にいないだろう。


 紅蓮の必殺技『レッドパンチ』を自在に操る彼の活躍で今日もまた、悪の怪人は無事打ち倒され市民の平和と安全は守られたのであった。



 すごいぞオリジンレッド!

 ありがとう不屈戦隊オリジンフォース!


 彼とその仲間たちがいる限り、悪がこの世にはびこることはないだろう!






 ――といったことがあったのは、もうかれこれ十年ほど前・・・・・の話である。






 そして現在――。



「待てこらウィーーーッ!!」

「話し合おう! 話し合いの場を設けよう!! な!!」

「ぶっ殺ウィーーーーーッッッ!!!」

「ったく、血の気の多い怪人どもだぜ……。いいか、お前らがどうしてもやるってんならこっちにも考えがあるぞ! やるときゃやるんだぞ俺は!」


 オリジンレッドは背後から追ってくる怪人たちに向き直ると、“構え”を取った。


「ウィッ!?」

「…………必殺……」


 赤い戦士は大地に両手をつく独特な姿勢から、ゆっくりと膝を伸ばして腰を上げる。


「レッドエスケェーーープ!!」

「あっ、また逃げたウィ!!」

「うるせぇ! まともに相手なんかしてられっか! ばーかばーか!! はいばか! お前がばか!」



 不屈のヒーローは黒いタイツの集団に追い掛け回されていた。




 火野太陽、37歳。

 職業、ベテランヒーロー。



 今の太陽に五年連続最優秀ヒーロー賞に輝いたかつての面影おもかげはなかった。



「オラッ! 逃げんなウィッ!」

「囲んで袋叩きにしてやるウィーッ!」

「わはははは! これでもくらってろ、必殺レッドまきびし」

「痛ウィァーーーーーッ!!」


 真昼間の商店街を、狭い路地裏を、ビルの屋上を、太陽は逃げて逃げて逃げまくる。


 太陽を追うのは“ザコ戦闘員”と呼ばれる数以外には取り柄のない下っ端怪人たちだ。

 手に手に硬い棒を持つザコ戦闘員ら、総勢二十名を従えての大逃走劇であった。


「くそっ、どこに行ったウィ……?」

「なんて逃げ足の速いやつだウィ……」


 殺意むんむんのザコ戦闘員たちが通り過ぎていったあと、路地裏の壁が布のようにぺらりとめくれ落ちる。


「ふぅ、行ったか。いやー、今日は危なかったな」

『こちらオペレーター。おとり役ご苦労さまオリジンレッド。あとはビクトレンジャーに任せてくれ。君はもうあがっていいよ』

「うっし、行動終了! おつかれさーん!!」



 これが今のオリジンレッドこと、37歳の火野太陽であった。




 ………………。



 …………。



 ……。




 不屈戦隊オリジンフォースが隆盛を誇ったのも今は昔のことである。


 レッド、ブルー、イエロー、ピンク、ブラック。


 結成当初は五人いた戦士たちのうち、今も前線で身体を張り続けているのはレッドこと太陽ただひとりだ。

 最後まで残っていたイエローも、五年前に肝機能障害と診断され内勤への転向を余儀なくされた。


 頼れる仲間たちがいなくなってからというもの、太陽と司令官ふたりだけのオリジンフォースが良い成績を修められるはずもなく。

 長いキャリアと過去の栄光以外に目ぼしいところのない彼らは、ずっと以前から窓際に追いやられていた。


 それに加えて、東京本部に今年度新設された“勝利戦隊ビクトレンジャー”の破竹の活躍が追い打ちをかけたかたちだ。




 ここは国家公安員会こっかこうあんいいんかいに属する局地的きょくちてき人的災害じんてきさいがい特務事例とくむじれい対策本部たいさくほんぶ、通称ヒーロー本部の中枢。

 警視庁とは皇居を挟んでちょうど反対側に位置する、千代田区神保町の東京本部庁舎である。


「お疲れ様です火野先輩!」

「おう暮内くれない、今日もビクトレンジャーは大活躍だってな。どうだ今夜一杯、奢るぜ?」

「いえ、遠慮します! 俺はこれからトレーニングがありますので!」

「そっか。まあ身体を壊さねえ程度にな」

「はい! ありがとうございます!」


 太陽はにへらと笑顔を取りつくろうと、すぐさまきびすを返した。


 ビクトレッド・暮内率いる勝利戦隊ビクトレンジャーは、今年度に入って既に怪人組織をふたつも壊滅させている。

 太陽自身も本部のお偉方えらがたから、新進気鋭の彼らの足をあまり引っ張るなと釘を刺されていた。


 彼らは今や押しも押されぬヒーロー本部の“エース”だ。

 かつて太陽がそうであったように。



 そんな若い彼らの活躍に比べ、太陽がこの五年間で検挙した怪人の数は“ゼロ”である。


 いまや太陽率いるオリジンフォースの主な任務は、若いチームのお膳立てであった。

 オリジンレッドが不動のエースなどと呼ばれていた時代を覚えている者はもういない。


 毎回五体満足で生還すること以外に取り柄のないベテランヒーローは、お兄さんとすら呼ばれなくなって久しかった。

 オペレーターからも、ちょろちょろ走り回ってザコを引きつける人ぐらいにしか思われていないのが現状だ。




 年季の入った『オリジンフォース秘密基地』というプレートのついた扉を開くと、古いロッカールーム特有のサビ臭さが鼻についた。

 この窓もエアコンもWi-Fiもないしみったれた独房のような部屋が、今のオリジンフォースの秘密基地だ。


「ふっ……今日も市民の平和と安全を守ったぜ……」


 爆炎の戦士・火野太陽は十年前にはなかった自慢の髭をなでながら、姿見に向かってニッと白い歯を見せる。

 凛々しい“エース”のおもむきを残したその顔には、十年という歳月が確かに刻まれていた。



 太陽が気分を奮い立たせているところに、司令官の弦ヶ岳つるがたけが顔を出す。



「ああ、ここにいたか。お疲れさま」

「お疲れ様です弦ヶ岳司令官! ひょっとして俺のこと探してました?」

「まあねえ。メールでもよかったんだけど、できれば直接会って話したくてね。太陽にちょっとした“おしらせ”があるんだ」

「……ひょっとして、ついに人員の補充ですか?」



 メンバーの追加は太陽にとって悲願であった。


 ヒーローチームはけしてひとりでは成り立たない。

 チームとは複数人で支え合い、各自役割を担いながら背中を預け合ってはじめて機能するものなのだ。


「いやあ、嬉しいなあ! 仲間さえいればオリジンフォースも昔みたいに返り咲けるってもんですよ!」


 太陽は期待を込めて司令官の言葉の続きを待った。

 年甲斐もなく輝く太陽の瞳を温かい目でみつめながら、司令官は眉毛をハの字にして微笑む。



「この秘密基地なんだけどさ、今月いっぱいで引き払うから」

「なぁんですってーーーッ!?」



 不屈戦隊オリジンフォース、解散のお知らせであった。




 さようならオリジンフォース!

 さようならオリジンレッド!


 みんな今まで20年間、応援し続けてくれてありがとう!

 来週からは勝利戦隊ビクトレンジャーをよろしくな!






 だがこのときの太陽はまだ知らない。


 くすんだ太陽が、いまふたたび昇りはじめたことを。



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※本作はノベリズムにて連載させていただいていたものになります


最強悪役怪人コメディー『極悪怪人デスグリーン』もよろしくお願いします!!

https://kakuyomu.jp/works/16816452219238503689

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