第38話 装備しっぱなしでした。

「まて! おれを見捨てて行くのか……?」

「いや領主様の呼び出し無視するわけにはいかんでしょ」

「いいんだ奴なんて! なんなら俺から言うから! 酒でも持ってけば……」

「ほら、ビリームさんお客さん待ってますよ〜」

「んじゃ俺行くな」

「息子よーー!!」


働き詰めでやつれたビリームがミーファに捕まる。

予約していた客も苦笑いだ。常連なのでビリームの頑丈さは承知してるので苦笑い止まりだが。きっとしっかりオーダーしてくれるだろう。


「エグジム、私付きそう?」

「いやレミさん。招待されたのは俺だけみたいだから、とりあえず俺だけで行ってみるよ」

「分かった。適当に店番してるね」

「助かる」


店先で見送るレミに手を振り、さっき帰ってきたばかりの店を後にする。

領主の屋敷へは徒歩で行く予定だ。

鐘ふたつ鳴る間には行けるだろう。

一応都市内部巡回の馬車があるが、歩ける範囲なのにわざわざ金を払ってまで急ぐ必要なない。

時間指定も無いことだし。

と思ったところで昼を告げる鐘が街に響いた。

呼応するようにエグジムのおなかが盛大に鳴る。

……昼も過ぎたので空腹感が割と出てきたようだ。何か買い食いするか。


「で、結局この串焼きか」


以前ユーリが絶賛して以来客足の増えた店主に串を2本サービスしてもらい、計3本の串焼きを手に商店街を遡上する。

買ったの1本なのに3本来るのは流石に……と思ったが、予想よりもユーリ効果は大きかったらしく、繋げたエグジムにもお礼をしたいと思っていたらしい。

少し店主がぽっちゃりしていたのは、稼ぎも多くなった故だろうか。

またユーリ様と一緒に食べに来てくれと何度もお願いされてしまった。

つまりは串焼き2本は賄賂か……。

美味いから良いのだが。

流石に多い。


「食いきれんかもしれん……」


レミにも来てもらえばよかったか。

いや、ミーファもいれば丁度人数分だ。

今度はみんなで食べにこよう。

あれ、1人忘れてる気がする……。まあいいか。

その後も町の風景を眺めつつ串焼きを齧っていると、2本目を口にするところで低めの城壁に囲まれたエリアに差し掛かった。

貴族や豪商が住む『高位区画』への入り口だ。

簡素ながら細かいレリーフのついた扉が備えられており、この先は特別な区域だと

主張しているように感じる。日中は開け放たれているが、兵士が1人警備についており、

出入りする人をしっかりと見定めている。

正直言ってあんまり立ち入りたくないが、今回はそういう訳にもいかない。

意を決して開け放たれている門をくぐろうとするが、案の定兵士に呼び止められた。


「見ない顔だな……この先は高位区画だが、何用か?」

「あ、私『猫のひげ』って仕立て屋の者です。領主様に呼び出されまして」

「仕立て屋?? 証明するものは……うん、確かに領主様の封蝋だな。通ってよし。歩いていくか?」


招待状代わりの手紙を差し出すと、兵士は割とすんなり納得してくれた。

しかし視線はエグジムの腰にある。


「ええ。贅沢はできないもので」

「なら丁度いい。馬車に乗っていくといい。兵士用の粗末なものだが多少は楽だろう」

「良いのですか!? あ、でしたらこれどうぞ」

「うん? 串焼きか……冷めているが美味いな」

「でしょ?」


やはりあそこの串焼きは美味い。

頼まれたのもあるし、今度またユーリと買い食いしてもいいかもしれない。

そんなことを考えていると、兵士がエグジムの腰を指さして言った。


「にしても仕立て屋か……最近の仕立て屋はすごいものを持ってるんだな」

「え? すごいもの?」

「すごくないのか? 最近の仕立て屋は剣を持つこともあるのだな……」

「……あ」


ここでエグジムは気が付いた。

ガンドの店でテンションが上がり、ずっと腰にバトルシザーを差していたこと。

そしてそれを兵士が訝しんでることに。


「ああ! 違います違います! これはですね、ハサミです!」

「は? ハサミ?」


兵士の目がジトっとしたものに変わる。

このままでは拘束されそうだ。領主の招待状を『何故か』持つ不審者として。

これは致し方ない。

腰に差したバトルシザー。それを抜いて見せる……事はせずに、鞘を持ち柄を

兵士に向けて差し出した。


「なんのつもりだ?」

「ちょっと抜いてみてください」


自分で抜くと反意ありと見られ最悪牢屋行きだ。

なら相手に抜いてもらった方がいい。


「抜いてどうなる」

「剣ではないんですよ」

「剣じゃない……?」


兵士は不思議そうにしながらバトルシザーを手に取り、すっと抜き放った。

途端に少し開く刀身。


「ん? はっ!? これはハサミ!?」

「はい、魔物を倒すのと素材集め、そして厄介で大きめの素材を切るとき使う仕立て道具です」


嘘は言っていない。ただ戦闘でも使うことを言わなかっただけ。

ついでに余っていた厚めの布をバトルシザーで綺麗に分断してみせると兵士は感心したような

顔つきになった。


「最近の仕立て屋の道具は凄いんだな……」

「自慢の一品ですよ」


その後はハサミをいじりつつ、貴族の住む高位区画入り口を警備する兵士と会話すること数分。2人して串焼きを齧っていると

昼で交代する兵士を乗せた馬車が城の方からのんびりと進んできた。


「おーう。お待たせ」

「交代だ」


馬車には2人の兵士が乗っており、門番をしていた兵士と軽い挨拶を交わしている。

2人のうち1人は馬車の御者としてきただけらしく、降りてきた兵士は1人のみだった。

そのままエグジムと世間話をしていた兵士とハイタッチする。


「なんだ、見慣れない奴と駄弁ってるな。捕まえたのか?」

「違う。領主様の客なんだと」

「へえ……なら馬車に一緒に乗っけてくのか」

「そのつもりだ」


話題に上ったので軽く手を挙げると、交代できた兵士はニカッと人好きのする笑顔で応えてきた。


「よろしく! 俺は今からここの警備だから、そいつと一緒に馬車へ乗ってくれ」

「はい、わかりました!」

「では行こうか」


と、促されるままに馬車へ乗るエグジム。二人が乗り込むと御者が馬に指示を出して方向転換。

一路城へと向かっていった。


そして、また鐘がひとつ鳴るころ……。


「あぁぁぁ、痛い……尻が割れてしまう……横に」


屋敷とはとても言わない城の正面。一緒に来た兵士がエグジムのことを警備の騎士に報告している

間中、エグジムは不審がられない程度に苦しんでいた。

舗装が完全ではない街道において揺れをダイレクトに伝えてくる木製の馬車。

その厄介さを身をもって知ったエグジムだった。


今度こんな機会があるとしたら、絶対にクッションを持ち込もうと心に決めた。




 





ここまでお読みいただきありがとうございました!

ユーリも伯爵も出せませんでしたね。行くだけで一話使ってしまいました(笑)

想像するに木だけの馬車ってケツブレイカーだと思います……痛そう……


次回の更新は3/18の8:00を予定してます!

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