第19話 生徒会室にて
王立魔法学校生徒会。
貴族の子弟が大半を占める学園において、守られるべき不文律がある。それは「学外の身分を学内に持ち込まない」こと。つまりは実家が公爵家であろうと男爵家であろうと、もしくは平民であろうと、生徒である以上は皆平等に切磋琢磨するようにと定められたものだ。
これには生徒同士の気兼ねない交流によって生まれる成長や、新たな視野の獲得、人脈形成の意味もあるが、何より設立時の国王による「まだ学生のうちから身分に縛られるのは感心しない」との言葉が大きい。
「やあ、ご足労願ってすまないね」
地位も財産も関係ない。実力のみで入学を勝ち得た学園生徒の中において、更に上位と認められる者が所属することの出来る「生徒会」「風紀会」「部活連」。その一つの長として在位するオリバは少し疲れた様子が見える副会長をそう労った。
「そう思うなら少し休ませてください」
「そういう訳にもいかないんだよ、知ってると思うけど」
「もちろん、でも休みは欲しいです」
そう言って副会長、フェリムはどさっと皮張りのソファーに身を委ねた。高級品なのだろう、彼女の華奢な体格を余裕で受け止め、程よい反発でリラックスさせてくれる。そうして連日の調査により疲れた体を休ませていると、目の前に結露で濡れたグラスが置かれた。中にはレモンの輪切りと琥珀色の液体が満たされている。
「特性のレモンティーだよ。薬草にもなるハーブも少し加えてある」
「ありがとうございます、会長」
その日午前中から動き回っていたフェリムは、冷たく結露で濡れたグラスを手に取ると、上品に口をつけた。ミント系のハーブが使われているのだろう、口からのどに抜ける爽快感がレモンの程よい酸味と合わさってとても美味しく感じられる。
中性的な顔に穏やかな笑みを浮かべたオリバは、自分の分もお茶を用意するとフェリムの体面に腰かけた。
「すまないね、本来なら風紀委員会の仕事なのに任せちゃって」
「いえ、偶然とはいえ居合わせたから。それに学園のトラブル解決は副会長として仕事の一環でもあると思いますので」
「そう言ってもらえると助かるよ。で、何かわかったかい?」
体が水分を欲していたのか、気が付いてら中身のなくなっていたグラスをテーブルに置き、フェリムは傍らのバックから数枚の資料を取り出した。
差し出されたそれを無言で受け取るオリバ。次第にその表情が真剣みを帯びてくる。
「傭兵へのトロールの捕獲依頼に、数種薬効植物採取依頼。それに`大型荷物`の倉庫への運搬依頼か。やってくれるね」
それら取引は学園の印が押された書類、つまり“学園名”にて行われていた。
「おかげで探し出すのにそう手間は掛かりませんでした。資料管理課に問い合わせれば一発でしたよ。ほんと、倉庫の瓦礫どかして調べた苦労が虚しく思えるくらい」
「でも、結果は無駄じゃなかったんだろう」
「ええ、まあ。これを見てください」
転写魔法にて現場の画像が印刷された資料がテーブルに置かれる。崩壊した壁と立ち入りを制限するため張り巡らされたロープが緊張感を伝えるその画像には、どこか不自然に分断された鉄の棒が幾つか瓦礫に埋もれるようにして写っていた。
「この鉄棒、大きさからすると檻に使われていたものかな」
「ええ。調査を手伝ってくれた従魔科の生徒からすると、たぶんトロールが入れられていた檻の破片で間違いないとのことです。でも少し気になる点がありまして」
「この切られ方かな」
「ご明察です」
改めて写真に目を落とすオリバ。瓦礫は大きいものは人を潰せるほどもあり、崩壊した倉庫の壁は暴れたトロールの巨体を容易に想像させる。入学式の警護でフェリムが自主的に人数が不足している風紀委員会の手伝いとして巡回していなければ、新入生に少なくない被害が出ていたかもしれない。
フェリム本人としては災難以外の言葉はないだろうが、その現場に彼女が居合わせたことに、オリバは心の中で感謝した。
とはいえ、今は写真についてだ。砂埃や魔法によってついただろう数々の攻撃痕で現場は荒れており、正直な話、画像はそう見やすいものではない。それでも一部の比較的綺麗に残っていた鉄棒の拡大画像をみると、その違和感は鮮明になった。
「千切れたような断面と、まるで切断したかのような断面。それが半々で同棲しているなんて、まるで予め切り込みを入れていたかのようじゃないか。いや、まるでじゃなくて事実そうなのか」
「それ以外には考えつらいでしょう。付け加えると切り込みは発見した全ての鉄棒に入れられていました。ほぼ、同じ長さで。いくらトロールが腕力バカとはいっても、魔獣用の檻は容易には壊せませんから、時間調整も兼ねて切り込みを調整したのでしょう」
騒動があった倉庫地区は学園備品の貯蔵庫としての役割だけでなく、学園に搬入する備品の一時保管場所としても利用されている。魔獣は戦闘訓練や従魔術の練習、生体学習など多くの学科で利用されているから、傭兵が学園の依頼で捕獲した魔獣があの地区に檻に入れられ運び込まれていたとて不思議なことはない。
調査したうえで単なる魔獣の保管ミスであったならば、今後の対策協議を行い具体案をまとめて試行すればある程度、終息の見える話だった。
しかし、人為的となればそうはいかない。
オリバはまだ口をつけていなかったレモンティーを一口飲み、ソファーに深く背を預けた。
フェリムもオリバがいつの間にか置いていた水差しからレモンティーをグラスに注ぐと、今度は小口で小さく飲み始める。普段は凛々しい雰囲気の副会長が何かを口にするときは小動物的な雰囲気になるのが、オリバには可愛らしく感じられた。
睨まれるので、そんな感情は表に出さないが。
「場所が場所、やはり新入生を狙ったものかな。はて、今年の新入生にはそんな特別な生徒がいたかな」
「いますよ、伯爵家の令嬢と子息が両方とも」
「あー、しかも片方はアンダーウッド統括のエルフィン家か……可能性はある話だね」
交易都市であり、また王立学園を有する大都市でもあるアンダーウッド。数ある王国の都市の中でも重要性では最上位に位置し、王族ですら特別な別荘を都市中心部に所有している。
そんな大都市の実権を任され、統轄を王家から任命されているのがエルフィン家だ。その発言力はアンダーウッドに限っては王族の次に位置し、王国全体をとってもエルフィン家に物申せる貴族は殆どいない。位こそ伯爵家ではあるものの、それはエルフィン家が王族の血を入れていないからに過ぎず、貴族としての力は王族の血縁であるというだけで公爵を名乗る貴族家よりも余程強い。
当然そんな家であるからこそ、味方もいれば敵も腐るほどいる。貴族家である以上、どんな家とて敵には事欠かないが、エルフィン家は地位に似合わぬ財と権力、加えて王族との強いパイプまで保持する故に、恐ろしいほどの嫉妬と敵意を貴族社会で浴びているのだ。
「ダンモール家も騎士団ではそれなりに発言力を持つ家だけど……狙うとなったらやっぱりエルフィン家な気がするな。全く、貴族社会は血なまぐさくて嫌になる。学園まで諍いごとを持ち込まないで欲しいよね」
特に自分は荒事が得意じゃないんだから、と。オリバのため息は深い。
「平民の私にはいまいち分かりませんが、学園は貴族様の屋敷に比べて守りは手薄らしいですからね。狙う側からすれば狙いやすい環境に獲物が来てくれたというところですか」
「成人すれば入学なんて不文律があるせいで、時期も図りやすいだろうしね。全く困ったもんだ。特に困ったところは内部の犯行である可能性が強いこと……内内に解決したいところだけど、疑いがあると分かっていながら秘匿したら、それはそれでエルフィン家の反応が怖いし、しょうがない。学長に相談してみるか」
恐らく良く言えば平和主義で穏やかな、悪く言えば事なかれ主義な学長は、エルフィン家の名前を出せば二つ返事で情報共有に同意するだろう。
ただ、情報を共有したからと言って、それだけでは不十分だ。
「エルフィン家には知らせるとして、こっちはこっちで解決に動かなければいけない。フェリムさん、申し訳ないけど頼めるかな」
「そのつもりです。ある程度情報は揃っているので、これから特定に動きますよ」
「頼もしいね、よろしく頼むよ」
「終わったら、しばらく生徒会の仕事お休み取りますからね。あと風紀委員会、補充お願いしますね」
「ははは、両方とも承知したよ。じゃ、気を付けて」
残ったレモンティーを飲み干してから鞄片手に出口へ向かう生徒会長。その小柄な背中を見ていてふと、オリバは気になっていたことがあったのを思い出した。
「そいうえば、トロールが暴走していたときに一緒に足止めしたという男子生徒がいたらしいですね、その彼なら風紀委員会に良いのでは?」
報告を受けたときに、フェリムはその男子生徒を気にしていた様子だった。少し面白くない気はするが、仕事とそれは別と考え……風紀委員会にその男子生徒を推薦するのは我ながら良いアイディアだとオリバは思ったのだが……。しかしフェリムは数秒固まった後、にやりとからかうような笑みを浮かべてこう言った。
「そのような男子生徒などいませんよ。町の若い仕立て屋さんはいましたけれど」
「は?」
「では失礼します」
トロールを足止めするほどの魔法を使った男子が学園の生徒ではなく、学園と取引のある街の仕立て屋だとオリバが知ったのは、この数分後のことだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
某師範の異世界転載漫画を読みながら書いてたら、生徒会長の名前がこうなりました。だが一向に構わんっ!!
すいません、中間管理のクソさに思考がトンでます。労働はクソである。
次回の更新は2/9を予定してます。三連休間近です。ハンドメイドの出店へ向けて制作がんばりつつ執筆です。よろしくお願い申し上げます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます