第6話幼馴染



交易都市アンダーウッドは、その名の通り交易が非常に盛んだ。


他国へ繋がる交易路を2つ持ち、また沿岸に面した地域には港が作られ交易船が盛んに出入りしている。


多数の馬車や商船、漁船と出入りは多くの熱を孕み、夜間の閉門以外では途切れることはない。まさにクラウン王国の陸と海の玄関口と言えるだろう。



「おぉぉぉ〜〜つかれたぁぁぁ」



そんなアンダーウッドだが、ここ数日は特に忙しい日々が続いていた。


住民一万に加えて往来の人々がおよそ数百〜数千ほど出入りしてるのが日常の光景だが、通りを歩く人は更に倍近くに増えている。


通行人に妨げられ、馬車も度々の停車を余儀なくされており、迷子の子供が定期的に騎士団へ保護されている。そんな人々を狙ってか屋台の数も普段より倍増しているようだ。


人が増えると言うことはそれだけ経済が回る事でもあり、呼び込みの声も引っ切り無しに聞こえてくる。


なんとも生命力に溢れた有様だ。


ここの店を除いては。



「頑張れエグジム、これを片付けたら時期的にラストだ!!」


「もういやだ駆け込み需要! いえもうはい、やらせて頂きますよ!?」


「お前、終わったら寝ろ、な?」



店内には真新しく様々なデザインの制服が並んでおり、それぞれに注文者をメモした紙がぶら下がっている。


エグジム、ビリーム双方の作業台には注文用紙が何枚も貼られており、その殆どにばつ印。



「あと二着! 終わりみえタァァ!!」



『クラウン王国直轄魔法士学園、入学式』。


その大イベントがあと3日後に迫ってきていた。




「もうさ、皆さんもう少し計画的になってもいいと思うんだ」



入学式を明後日に控えた昼下がり。


一晩ぐっすり眠り午前中のうちに商品の受け渡しまで済ませ、心身ともに余裕を取り戻したエグジムは、訪ねてきた可愛らしい友人に紅茶を出しながら愚痴を垂れていた。



「しょうがないよ。貴族様相手はこっちが合わせないと。いいお客なんだし」



出された紅茶に小さな口をつけ、控えめな笑顔を見せる少女はミリリ。エグジム達商店街の店々とは長い取引のあるファーム商会の一人娘で、エグジムとは年齢が一桁の時からの付き合いになる。



「でもごめんね、そんな忙しいのに私の分まで作って貰っちゃって」


「それは良いよ。結構前に言っといて貰ったから、そう負担でも無かったし」



話しながらエグジムが背後の戸棚より取り出した紙包みを両手で受け取るミリリ。飾り気のないそれは客に出すには物足りなく、しかし知人に出す近さがあった。



「ありがとう、エグジム君」


「構わないよ。お代はしっかり頂くから」


「ふふっ、そうだね。はい」


「まいどあり」



代わりにミリリから手渡された布袋を、チラリと中身を確かめただけで直ぐに机にしまう。



「数えなくて良いの?」


「良いんだよ重さで大体わかるし。それに誤魔化せる性格じゃないの分かってるし」


「商人として、不用心だよ?」


「はいはい。それよりサイズ確認して」


「見なくても大丈夫だよ。エグジム君がサイズ間違えるはずないし」


「消費者として不用心だよ?」


「信頼のなせる技だよ」



実際、ミリリの服はよく作ってるのでサイズを間違うことはない。


少し離れた席から「今日はなんだか暑いなー」とでも言いたげに、チラチラと横目で此方を見ながら、わざとらしく胸元を仰ぐ親父に中指を立てておく。今晩の夕食は一品少なくしてやる。



「ちょ、ご飯減らすの反則!」



何か察したようだが知らん。


涙目で作業に戻る親父を無視し、ここ最近都市内の至る所で配られているチラシに目をやった。チラシには彫刻見事な大型建築の前で、少年少女がそろいの服を着て描かれていた。


魔法士学校、入学式の案内である。


魔法士学校とは国の中でも有数の才能を見込まれた新成人が入学を許される、この国随一の教育機関である。


注目度は当然高く、魔法士学校校舎があるこのアンダーウッドでは、その傾向は特に顕著になる。なにせ入学に合わせて国中から将来有能な若者が集まってくるのだ。軽くお祭り騒ぎに近い様相になる。


しかし入学は最難関と言われ、魔法力以外にも学力や身体能力など、入学試験では多くの分野にて自身をアピール出来なくてはならない。


必然、入学できればエリートと見られ、出世街道に乗ることが多い。むしろ魔法士学校の入学が自身のキャリア形成にて入口とも言える。


故に貴族に限らず商人や平民など、幅広い階層からの入学希望者が後を絶たない。それだけ毎年熾烈な合格争いとなっているのだ。


まあ実際は高度な教育を施せる貴族や商人の子供が大半を占め、平民の子供は余程の幸運と才能がなければ入学できていないらしいが。


ミリリはその点、実家の財力と本人の能力が合わさり、割とすんなり合格できてしまったとのこと。


実際は作るのキツキツだったが、そのくらい友人として頑張るべきだろう。



「学校に行ったら、全寮制だっけ? おばさん達寂しがるな」


「うん。だからたまに帰るつもり。同じ都市内だしね。エグジム君はこれからどうするの? 学校は行かないんでしょ?」


「平民は教会学校で充分だよ。あとはここで働いて稼いでくのみ」


「今日みたいに?」


「そう。今日みたいに貴族に振り回されながらね」



思い出すだけでもげんなりする。


細部の刺繍にこだわりを見せる男爵令嬢、煌びやかに拘る騎士伯子息。スカートの長さをミリ単位で調整したがる縦ロール貴族を相手にしたときは目が死んでいたと思う。


でもそうやって仕上がった服に納得し、購入される。そう自分の苦労が形になるのが嬉しいのだ。


学校も憧れないとは言わないが、貴族金持ちの行くところという意識があるので、どこか自分とは関係のない別世界のように思えてしまう。それなら自分の身の丈にあった服屋を続けて行くほうがいい。



「もったいないな……」



しかしミリリは納得いかない様子。椅子に座ったら床につかない足をプラプラと揺らしてご機嫌斜め。頬も膨れている。



「いいんだよ。これも楽しいし」


「だってエグジム君、魔法使えるんでしょ?」


「糸とか操るだけな。繁忙期で変に上手くなったけど、それだけ。むしろ今の仕事向きだよ」


「むー。なら……明日の入学式には来てくれる?」


「入学式? なんで?」


「えと、身内枠で」



たしかにチラシには「ご身内の方も気軽に参加ください」とは書いてある。わざわざ観覧席まで設けているらしいのだ。


しかし自分は身内でない。言うなれば只の幼馴染だ。家族というより、もはや参加する側の年齢と同じ。


いいのだろうか。



「あ。そういえば、お父様からも『うちの娘を宜しくお願いします』って言われてるの。お父様、その日は商談が多くて来れないって……」



ミリリの家は3人家族。商会主である父親が来れなくとも、母親が来ることは出来るだろうが。なんとも寂しそうな幼馴染を見ていると、断るのも悪いと思えてきた。


スケジュール確認。当日は白紙。納期なし。


決まりのようだ。

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