第2話 奪われる契約

電話の内容に血の気が引いた。

鹿島は急いで待ち合わせ場所へ向かった。



数時間前


鹿島『はい、その通りです。御社が開発した次世代ナノテクノロジーカーボンファイバーをタイヤのプライに採用し、従来のラジアル構造をそのままに、カーカス構造を二重にすることで剛性や耐摩耗性を向上させ、理想のタイヤを作り上げてみせます。』

鹿島は自信満々に栗林に説明する。


栗林『カーカス構造を二重に…重量的な問題はないのですか?』

栗林は、自社で開発した新しい繊維をタイヤに組み込むことに興味を示す。


鹿島『はい、御社のナノテクノロジーカーボンファイバーの軽さであれば、従来のカーカス構造と比べてもおよそ10%の重量増で済む計算となっております。』

鹿島はすでに類似品をもとに研究を重ねていた。


栗林『10%の重量増で剛性が2倍、耐摩耗性が70%増ですか…それはすごい…』

あまりの革新的な発想に栗林は目を輝かせた。


鹿島『ユーザーが望む理想のタイヤを作るため、我々に力をお貸しいただきたいのです。契約金に関しては現在当社がお支払いできる最大限の努力をし、2000万円を用意させていただきます。』


栗林『契約金だけで2000万円も?!』

栗林は思わず目を見開いた。

提供した商品の利益から契約で決めた割合を報酬にしている栗林繊維は、通常ここまでの契約金を取っていない。

自社から営業に行って取ってきた内容ならともかく、わざわざ他社から多額の契約金の話が舞い降りた栗林にとってはこれ以上ない話だ。


鹿島『はい。これはタイヤの歴史を変える次世代タイヤを造る、弊社の自信の表れと取っていただければと考えております。』

鹿島の目は真っすぐで、その眼光から大きな自信が伺えた。


栗林『わかりました。この話、受ける方向で考えさせていただきます。』

願ってもない話に、栗林は快く承諾した。


鹿島『ありがとうございます。共にタイヤの歴史を変えましょう!』


二人は同時に立ち上がり、熱い握手を交わした。



………

契約はうまく行く手はずだった。

しかし栗林の一本の電話でそれは覆された。


栗林『鹿島さん、申し訳ない。契約は一度白紙に戻してください。シノシノラバーさんが鹿島さんと全く同じ提案をしてきたんです。しかも、契約金は2億払うと…………』


2億………?


青天の霹靂であった。



飲み屋街から少し外れた雑居ビルの地下にある暗いバーに入ると、栗林が出迎えた。

入店してすぐ、鹿島は栗林に事の経緯を尋ねた。



鹿島『シノシノラバーがうちと同じ提案をしてきたって本当ですか?!』

鹿島は驚きをそのまま言葉に乗せた。


栗林『私もいまだに信じられません。シノシノラバーさんから話を受けたのは副社長の佐川という者です。』

佐川は栗林が社長に就任する前から営業として働いている古株で、今は副社長となり栗林と同等の権力を持つ重鎮である。


鹿島『まさか…同じ日にうちと全く同じ提案がいくなんて…。』

鹿島は信じられない様子で狼狽える。


栗林『もう一つお話があります。1億円を超える契約に関しては、役員会議で決議されることになります。そうなると私1人の力では御社との契約を強行するわけにはいかなくなります。』

栗林は申し訳なさそうに鹿島へ伝えた。


鹿島『つまり、役員会議が執り行われたら終わり……と。』


栗林『残念ながらそうなってしまいます。……確認ですが、この提案は間違いなくランディアさんが考えたもので間違い無いんですよね?』

栗林にも、真実がわからないのである。


鹿島『栗林さん!そこに嘘偽りはない!これはうちの会社が生きるか死ぬかの勝負どころなんです!』

鹿島は、自分の会社が開発したものであることを必死に栗林に説明する。


栗林『ならばやるべきことがあります。情報をリークした人物を探してください。時間がありません。』

鹿島は帰宅後まだ何が起こっているのかわからず、眠りにつくことができなかった。


翌日、鹿島は秘書である夏木に指示を出した。


鹿島『高中、滝沢、藤木を呼べ。』


鹿島は地方の信頼する営業マン三名を本社に呼び寄せることにした。

現在地方にいる社員に裏切者はいない。鹿島はそう判断したのだ。

ランディアの命運をかけた戦いが始まる。

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