この街と、砂漠の中のオアシスと、月の入り <2ヶ所×5刻>

橙 suzukake

この街と、砂漠の中のオアシスと、月の入り <2ヶ所×5刻>




砂漠の中のオアシスの夕

 ゼリーかグミでも貼り付けたかのようなプルンプルンの濡れた唇を奪うまでが全て。

 思っていたほど味のしないキスの後、唇を離したときには元の色に戻っている。

「もう一度、リップを塗れよ」とはさすがに言えないから、前の唇を思い出しながら再度重ねる。



この街の夕

 仕事がはねると、その歳じゃ誰も乗らないようなシルバーメタリックのリッターカーに乗り込んで家路へと向かう。赤信号が青に変わると、アクセルを踏む前に首を素早く左右に振って安全確認してからスタート。次の信号が黄色に変わると急ブレーキを踏んで停止線前で停止。そして、青に変わると、アクセルを踏む前に左右の安全確認。信号のない交差点の何十メートルも手前からウインカーを出して、スロー・イン、そして、スロー・アウト。





砂漠の中のオアシスの宵

 淀みのない動きの中で絶頂前の感触を何度も確かめ合ったあとに満を持して大きくいきつく。

 至福と激しい息遣いを互いに確かめ合いながら次の言葉を探している。

 そして、どちらかがきっと、どうだったか訊ねるのだろう。

 そして、いずれにしても答えは、Yesだ。



この街の宵

 どこかのワーキングショップで買った薄緑色の作業ズボンは、やはり、どこかのワーキングショップで買ったGIベルトが張り出したお腹の下で固定している。やがて、ベルトから解き放たれた筋金入りのメタボリックなお腹でも、湯船の中では浮き輪にならない。編み物とテレビが生き甲斐のお袋の手料理は匂いでわかる。でも、いずれにしても、飲む酒はいつもの発泡酒の後にいつもの熱燗だ。





砂漠の中のオアシスの晩

 バスローブをまだ濡れている身体に着て、目新しい赤ワインの栓を抜く。

 硬いビニールの端を歯で切ってサラミを頬張り、ワインの渋みを味わう。

 サラミを飲み込んでからキス。

 そして、ワインを飲み込んでからキス。



この街の晩

 天気予報が終わったから、チャンネルを民放に変えて、お銚子を横に振って残量を確かめてからお猪口に注ぐ。刺激が強い効果音と大きい文字のテロップはいつものこと。でも、やっぱり、なんとなく見てしまう。「早く嫁さん貰ってくれ」のお袋の愚痴を聞くよりはマシだ。適当に笑って、適当に大根とじゃがいもをつついて、小さいお猪口の中の酒を勢いよく口へ、そして、胃の中に注ぎ込む。漬物にかける醤油を頼んだら、案の定、お袋に止められた。





砂漠の中のオアシスの夜中

 ふわふわした酔いが回ってくると、また、いろんなところを確かめたくなる。

 もう、自身の気持ちを確かめる謙虚さなんてない。

 というか、必要としていない。

 それを相手に求め、そして、相手が求めるがまま応えてやるだけだ。



この街の夜中

 わかりきったニュースのトピックをパソコンで確かめた後に、週末に行く店を探す。月1回と決めている至福を得るための店だ。だけども、“処理”とは思わないようにしている。なにせ、月に1回のお楽しみで、年に三度ある職場の飲み会よりも高額を支払うんだから。念入りに調べて出発時間を決め、誰も覗くことがない携帯に自分だけがわかる暗号でスケジュールする。





砂漠の中のオアシスの未明

 部屋に入ったときは生成色だったレースのカーテンがオレンジ色に輝いているのに気がつく。

 カーテンを開けると、間もなくその姿を消す満月が薄い雲に守られながら音もなく浮かんでいた。

 「月の入りの満月なんて久し振りに見たわ」と彼女は言う。

 「このままカーテンを開けたままにしておこうよ」と彼は言う。



この街の未明

 酒渇きで起きたものの、まずはお手洗いに入る。粗相をしないように気をつけていたけど、胴震いとともに顔を上げると薄雲の影に満月が浮かんでいたから、用を足し終わった後もしばらくその小さい窓から眺めた。逆さまになって杵をつく兎を確かめようとしたけど、あまりに橙色の光が眩しいし、足元から寒さが伝わってきたからやめて、台所で水を立て続けに2杯飲んでから布団に入り、再び、兎の絵を頭の中で描こうとしたけど、すぐに眠りに落ちていった。





 

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この街と、砂漠の中のオアシスと、月の入り <2ヶ所×5刻> 橙 suzukake @daidai1112

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