第2話 女神様との出会い
「てか、あいつキモくね?」
背後からクラスメイトの声が聞こえる。
……あーまた言われてる。
僕は聞こえないフリをするのに必死だ。
高校に入学して今日で三日目。
無能ダメ御曹司の僕は安定のぼっち街道を邁進していた。
初日で僕以外はみんなグループになり、休み時間も移動教室も和気あいあいと楽しそう。
嫌われているのは僕くらいだ。
「顔じゅうアザだらけじゃん」
「制服もボロボロだしさー」
「いいよ、ほっとこーぜ」
逃げるように教室を後にするのが僕の新たな日課になりつつあった。
家に帰ったところで兄や義母から苦しめられるだけなのにね……。
◇
帰り道は山腹に敷かれた遊歩道。
桜吹雪が青春映画みたいでキレイだ。
勉強が出来ない僕は受かりそうな高校が他になく、自宅から片道二時間もかかる山の上の学校を受験したんだ。
……でも、正直後悔してる。
「知らない町で心機一転なんて、そう上手くいかないよなぁ」
高校では友達や彼女ができるかも――
そんな風に考えていた時期が僕にもありました。
だけど現実は厳しくて。
遊歩道をトボトボと歩きながらため息をつく。
中学の時は友達とまではいかないまでも、まだ話せる人がいたけど、高校では完璧ぼっちになってしまった。
休み時間はスマホをいじるか机につっぷし寝たフリをするからいいけれど、問題はグループ分けや係決めやペア組だ。
考えるだけで吐きそうになる。
家にも居場所はないし……、学校にも居場所はないし……。
「いっそ本当に死のうかな……。ここから飛び降りたら死ねるかな……」
手すりから身を乗り出し、崖の下を見下ろした。
「…………ん?」
……何かいる。
思わず二度見した。
「いったぁ~」
――女の子だ。
人間の女の子が、山肌に引っかかるように倒れている……。
「だ、だいじょぶですか……っ!?」
「だいじょーぶじゃないでしょ! 見ればわかるじゃんっ!」
なんでキレられたのかは謎だけど、とりあえず無事だとわかってホッとする……。
「ちょっとキミさぁ、見てないで助けなさいよ!」
「助けるって、どうすれば……?」
「だーかーらぁー、木に引っかかって動けないのー!」
僕は手すりをまたいで、桜の木を支えにしながら、慎重に女の子の所まで下りていった。
一歩踏み外せばゲームオーバーだ……。
女の子の手をつかみ、またゆっくりと山の斜面を上がっていく。
……ふう。何とか遊歩道まで引き上げることが出来た。
「はぁ~、助かったぁ~っ」
言いながらへなへなと地べたに座り込む女の子。
……両手のミミズ腫れが痛々しい。
失礼だとは思うけど、僕はその服装をじろじろ観察してしまった。
……何かのコスプレだろうか?
一見和装のようにも見えるけど、やけに露出度が高くてセクシーだ。
頭のカチューシャみたいなのも、一風変わったデザインだし。
でもおかしいなぁ?
この辺でイベントなんてやってないと思うけど?
「あのクソ勇者っ! だからちゃんと地図は書いてって言ったのにっ! 私が地球で野垂れ死んだらどう責任取るつもりなのよっ!」
なんでか知らないけど地面に拳を叩きつけている女の子。
地面が揺れてアスファルトに亀裂が入っている気がするけど……。
目の錯覚だろうか……?
うん、気のせいだ……。
そんなことあるはずないし……。
ハハハ……。
「あっキミ、ありがと。私はリブネレア=リザリデ。生と死を司る女神よ!」
りぶねれあ……?
生と死を司る……?
……あぁ、それがこのキャラの名前ってことか。
どうやら彼女はすっかりキャラになりきっているみたいだ。
「地球に帰還した元勇者の披露宴に呼ばれたの。ほんとムカつくわ! 見てよこの地図、子供のラクガキかっつーの! こんなの迷子になれって言ってるようなもんじゃない!」
彼女が見せてきた招待状らしきものには、確かにクレヨンで適当に描いたような案内図が。
……こういう小道具もコスプレイヤーが自作するのかな?
「ったく、あの勇者は。昔からそーいうトコあるのよね。魔王と戦うのに剣を宿屋に忘れて、素手で殴り合いを挑んだりさ。ボクシングかっつーの。ま、それで勝っちゃうのがあいつの凄さなんだけど。でもカンベンしてほしいわ、こっちだって下界に下りるのに魔力を大量消費してるんだからさ、いくら女神とはいえ……」
剣と魔法のテンプレっぽいファンタジー世界について滔々と語るレイヤーさん。
たぶん異世界モノの小説かアニメだと思うけど、残念ながら僕は原作を知らない。
「じゃ、この辺で――」
帰ろうとすると腕を掴まれた。
肘に柔らかいものが当たって思わず赤面してしまう。
「お礼させてよ! キミは命の恩人なんだから!」
そう言ってレイヤーさんが指をパチンと鳴らすと、僕の目の前に半透明のウインドウが現れた。
……すごい! なんだこれはっ?
最近のコスプレイヤーは最新テクノロジーも使いこなすのかっ?
……どういう仕組みなんだろう?
「その中から好きなの選んでいいよ。あっでも
僕はウィンドウに目をやる。戦闘系スキル、魔法系スキル、生産系スキル……。ゲームやラノベなんかに出てきそうなスキルがずらりと並んでいて、思わず苦笑してしまう。
選べって言われてもなぁ……。
僕は昔からやけに現実主義的なところがあって、こういう「コスプレごっこ」みたいなノリが苦手なのだ。
「どれがいい? 遅刻しちゃうから早く決めて」
「……じゃあ、【剣聖】で」
「うん。それ使えないヤツ」
「……じゃあ、【槍聖】で」
「うん。それも使えないヤツ」
「……じゃあ、【神炎】で」
「うん。魔法系は無理だね。
だんだん揶揄われているような気がして、腹が立ってきた。
「……もういいです。帰ります」
「あ、ちょっと! どこ行くのよ!」
僕が遊歩道を下ると、レイヤーさんもぴったりと後をついてくる。
……だんだん怖くなってきた。
もしかして頭のおかしい人なんじゃないか?
「ちょっとキミ、女神様に向かってその態度はないんじゃない?」
まだキャラになりきってるよ……。
いつまでやるつもりだろう……?
「ついてこないでくださいよ……」
「じゃあ早く選んでよ!」
「選んでも、『それ使えない』っていうクセに……」
「戦闘系と魔法系はね!? でもほら、生産系とか芸術系なら使えるし! 【養蜂】、【園芸】、【カスタネット】……」
……絶対バカにしてる。
この人、僕を揶揄ってる。
「じゃあ、【ヴァイオリン】と【カスタネット】ならどっちがいい?」
「どっちでもいいですよ……」
「決断力のない男はモテないよ?」
「……【ヴァイオリン】」
「よし! 決まりね!」
レイヤーさんがまたパチンと指を鳴らすと、今度はウインドウの表示が切り替わった。
名前:鹿苑寺恚
レベル:1
TS:1
AS:1
MP:1
スキル:≪自動成長≫
称号:≪初心者ヴァイオリニスト≫
……ん? なんだこれ? なんで僕の名前を知ってるんだ?
「これがキミのステータス画面。ヴァイオリンのスキルだから、ヴァイオリン関連の能力だね」
レイヤーさんは一方的に説明してきた。
TSはTechnical Score……技術力。ASはArtistic Score……表現力。
MPはMagic Pointかと思いきやMusic Pointの略で、レベルアップ時に取得してTSやASに割り振ったりスキルと交換したり出来るらしい。
意味がわからないけど、たぶんそういうゲームか何かがあるんだろう。
にしてもオール1ってめちゃくちゃ弱くないか? しかもはっきり≪初心者ヴァイオリニスト≫って書いてあるし……。
国道に差し掛かると、レイヤーさんは通りがかったタクシーをつかまえて後部座席に乗り込んだ。
「じゃあキミ、今日は本当にありがとう! またいつかどこかで!」
「いや、あの、この画面――」
僕の質問に応えてはくれず、レイヤーさんを乗せたタクシーは走り去ってしまった……。
「おいおい待ってよ……。これどうやって消すんだよ?」
そうなのだ。僕の目の前には半透明のウインドウが表示されたまま。まるで飛蚊症みたいに、どっちを向いてもくっついてきて鬱陶しい。
なろう系で「ステータスオープン!」って言ったらスキルが表示されるテンプレ描写があるけど、あれの逆をいったら消えたりするんだろうか?
ふと思いつき、言ってみた。
「……ステータス、クローズ!」
……するとどうだろうか。僕の視界を覆っていた半透明のウインドウは嘘みたいに跡形もなく消えた。
「なんだこれ。一体どうなっているんだ?」
異世界じゃあるまいし何らかの科学的技術に基づいていると思われるけど、頭の悪い僕には『網膜にチップを埋め込む』みたいな改造人間的なヤツしか思い浮かばない。
さっきのレイヤーさんがショッカーで僕が本郷猛ならともかく、現実問題として身体改造された覚えはない。
じゃあなんだこれは?
駅で電車を待っている間にも、僕は念仏のように唱えていた。
「……ステータスオープン!」
名前:鹿苑寺恚
レベル:1
TS:1
AS:1
MP:18
スキル:≪自動成長≫
称号:≪初心者ヴァイオリニスト≫
出た。また出た。やっぱり出た。しかもなんでか知らないけど、MP――Music Pointとかいうやつが増えている。
……なんでだ? 「レベルアップ時に取得して、TSやASに割り振ったりスキルと交換したり出来る」とか言ってなかったっけ?
レベルアップしていないのにMPが溜まっていくのはおかしいじゃないか。
それともあれか、スキルの≪自動成長≫とかいうのが関係しているのか?
「……ステータスクローズ!」
僕が呟いていると、背後でクスクス笑う声が聞こえた。振り返ると同じクラスの女子がニヤニヤしながらスマホのカメラをこっちに向けている。
「――ステータスだって!」
「――やばっ、キモくね?」
「――キャハハハハッ!」
……女子たちの嘲笑を全身に浴びながら、僕はしおしおと電車に乗り込んだのだった。
このとき僕は知らなかった。
あのレイヤーさん――いや、女神様から授かったヴァイオリンのスキルが、正真正銘の本物であるなんて。
そしてそのスキルによって、僕の人生が大きく変わることになるなんて。
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