473話 闘争を求めて


 あれから長い間、彼は姿を表さなかった。


 そしてある日、ようやくのっそりと森から姿を現す。拳を握り、腕を振ってみる。あれから毎日ワンパンで怪人を殺すあの人もびっくりな筋トレを死ぬほどと、魔物狩りを当然に続けた。


 彼の名はレン。レンと言ってもエディレンのレンではなく式家蓮である。


「能力は上がっても肉体の変化はねえのか。」

鋭く野生みのある瞳で空をキッと睨む。髭の一つも生えていないから不思議である。


 しかしよく考えれば普通だ。もう死亡した身、その体を再現して異世界に放り込まれているのだから、肉体的変化がないのは当然と言えば当然だ。


「何処に行くか…………どこか、神の手掛かりとなりそうな……」

『検索』にかける。もうスキルは数えきれない程の量がある。その内の1つである。


 検索したのは国の情報。神に関係しているのなら、帰還の術も見つかるかもしれないと思ったからだ。


 今までは生存競争による余裕のなさから考え付かなかったが、これほどの力をつければと決行をしようと決意した。

 だからといってどこぞの魔法少女のような理を超えた技を持っているわけではない。しかし、単純な戦闘となれば彼の方が上回るだろう。


 蓮の検索結果には2つ。

 ヘルベリスタ帝国とアズリア神国。両者共に神への信仰が厚く、神と直接関わるチャンスである。もしものことがあれば嘘の信仰だって捧げてやるつもりである。


 いきなり名の通り神の国であるアズリアに進むのは危険と考え、彼の目指す先はヘルベリスタ帝国。

 森を掻き分けるように歩いていった。



「人多すぎだろ。王都超えか?」

ボロ布のフードを目深に被り、老若男女が行き交う人間の群れを見て吐き捨てた。強国の帝国というだけあり、中々の密度だ。


 ぶっちゃけ邪魔くさい。というより、闘争の匂いがする。

 表面的には平和に見えるが、みるからにおどろおどろしい狂気が目に見える。見抜く力が、彼にはある。


「腐ってんな、帝国。」

まあ面白いか、とポケットに深く手を突っ込んで思案する。


 どうやって神を誘き出そうか考えていたが、帝国を襲ってアズリアを手薄にさせるのもいいかもしれないと策を弄すのだ。


 彼の視線は不意に露店に向く。その辺の街だと串焼き程度しか売っていないが、大鍋で肉や野菜を煮込み分厚いパンの中に入れているものが売られていた。

 大抵食べ歩きになるため、容器が不使用のものが多い。


「……鍛えても腹は減るのか。」

食欲には勝てず、仕方なしにとスキルで山ほど手にした硬貨でそれをひとつ買った。異世界のご飯というと文明レベルが低く不味いイメージだが、普通に美味かった。


 検索すれば、植民地にされた国に香辛料の生産地があるらしく味付けに重宝されるという。これもそのひとつか。


 久しぶりの人間らしい食事にうまうまと小口で貪り、しかし日本にいた際の高級料理と比べるとなんとも見窄らしいと考えなくもない。


 今となっては女も金もどうだっていい。家柄なんぞ、この世界じゃ関係ない。生きていくための知謀と力があればそれで。そして日本へ生還し……


「俺は何がしたいんだ……」

飛び出たその言葉をパンで塞ぎ、残りは脳内で噛み締める。


 そこではたと思い出す。


(そうだ、俺はあのクソッたれた神を殺すために力をつけたんだ。女や金なんか二の次、生還だってそうだ)


 パンを握りつぶす。中身の肉が飛び出すが気にしない。


 ならまず、帝国を滅ぼしてみようか。

 そんな考えが浮かぶ。この世界を作った神に一泡吹かせるために、世界を滅茶苦茶にしてやろう。


 その身一つで鉄壁の要塞へ乗り込む決意をする蓮。歩き出したそのすぐのこと。


「お兄さん!そこの汚いフードのおにーさんっすよ!そこのぉ!」

「あ?」

振り向けば、後ろに細くツインテールを作り水色の髪にキャスケットを被る少女がキラキラ目を輝かせていた。


「今日はいい天気ですねえ。乾燥し始めてきましたが、程よい涼しさが気持ちいいでしょう!ところで神は信じますか?」

「信じねえよ死ね。」

鋭い眼光を更に尖らせて差し向ける。しかしのらりくらりと躱しキャスケットをクイっと上げる。


「信仰、してみません?」

「しねえよ消えろ。」

「神の尊きを知らずは世の情けを受けず。我々のように神を敬うことによって世界は平和に~……ちょまちょまっ!聞いて!帰ろうとしないで!」

キャスケットを落とさないように手で押さえて駆け寄ってくるが、喧しい小動物のような印象しかない。


「言っておくが俺は無神論者だ。神に中指立てることを生業にするような。」

「ほうほう、異端審問にかけられたいようですな!」

「は?」

カンッ、という乾いた音が鳴ると、その場からツインテが消えた。正確に言うと、広間の噴水の上に立っていた。


「さぁ、神国へ連れて行くのです!そうして世界の宗教をアズリア式一色に!」

キャスケットを片手で押さえつつ、高笑いを始めた。


 彼女はネイファ・リンカ。表の顔は勧誘行為をする信者、裏の顔は誘拐行為をする軍隊を指揮する者。異世界人を捕縛するのが役目である。


「影の軍隊。」

手を振りかざす。周りにはあからさまな人払いが行われており、観衆はゼロ。露店すら見えなかった。


「捕縛せよっ!」

建物の影、石段の影、噴水の影。ありとあらゆる影から人型の影がわらわらと湧いて出る。


 唐突な奇行に虚を突かれ、反応が遅れた。

 しかしそれで遅れをとる程やわくはない。苦行を乗り越えてきたのだから。


「雷刃。」

腕を振るえば激しい雷鳴が轟く。雷は光に覆われ、影は次第に消えて行く。ネイファは「あれ?」と困った顔をし、「仕方ないですね」とため息を吐いた。


「神は干渉す。」

目の色が変わった。物理的に。濁ったわけでもないのに先を感じさせない鮮やかな光を幻視した。


「理を変革せよ。」

そうしてにっこり笑みを湛えた。


「この世は理を持つものこそが強者なんですよ。内側のものをどれだけ手に入れようが、上べを外してあげれば簡単に瓦解する。」

その笑みが癪に障り、蓮は躊躇いなく腕を振り上げた。その手には剣が握られている。聖剣ファリスである。


 かつて、佐藤晴人から殺して奪い去った聖剣は、レベルが上がるに連れ増幅する神の魔力を通り聖光を放つ。

 その能力は心の強さに比例する。つまり、一貫する目的のある蓮には鬼に金棒を超えて神に神剣だ。


「興味深い能力だ。ついでに力を奪ってやるよ。」

「できるものなら、ね?」

少女は首を上げ、ツインテールをふわりと靡かせキャスケットを片手で少し上に傾けた。


「次に目を覚ますのは善良な神創教信者ですかね?まぁ、どちらにせよお仕置きは必要ですねぇ。」

ニヨニヨと頬を緩ませる少女。彼女は一度瞑目し、キャスケットを外し指に引っ掛けた。もう片方の手で指鉄砲を作ると、口を動かす。


「ばん。」

聖剣の剣先が、爆ぜた。意思の塊が砕けた。


「は……?」

「つかまえろ。」

まるで重力が反旗を翻すように体を縛り付けた。


「かげよ、もどれ。」

「なんだよこれ……バケモン、過ぎんだろ……」

人のことを言えたものではないが、蓮は苦悶の表情で呟く。


 彼の意識は体と共に沈んでいった。


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 今話執筆時、東京からの帰宅初日でございます。

 暇な時、浅草寺雷門に行ったんですけどね……高いっすね。ソフトクリーム1つ350円ですよ?とんでもないですよ。

 ちなみにおみくじは凶でした。もっかい引きまして、凶でした。

 こうしてcoverさんはおみくじを嫌いになったのである。

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