ググレ暗黒教典②
洋館で飼われている、爪が鋭く鳥のようなクチバシがある、四脚のケダモノ骨格に乾いた人皮を貼りつけたような奇怪な生物……『魔猟犬』たちの、不気味な鳴き声が近づいて来るのを男女は感じた。
追ってくる洋館の使用人たちの声も聞こえてきた。
「絶対に逃がすな!」「館に連れ戻せ!」
男が女の手を握って立たせる。
「逃げよう」
歩き出そうとした時──茂みの中から、ナックラ・ビィビィ一行が現れた。
「ペッペッ、口の中が塩だらけじゃ……これだから岩塩の森を通り抜けるのは厄介じゃ、道標が必要じゃな……んっ!? 人がおる」
怯えている男女を見て、しばらく考えていたナックラ・ビィビィが呟いた。
「そうか、ググレ暗黒教典の失われていた欠片を、そう解釈してしまったのか」
男女が怯えていると、後方からおぞましい姿の生き物が数匹現れた。
現れた魔猟犬は、ナックラ・ビィビィの姿に一瞬たじろぎ、ヨダレを流しながらクチバシを開けて牙を剥き、地獄の車輪が廻るような耳障りな唸り声を発する。
それを見て鼻で笑うナックラ・ビィビィ。
「ふんっ、ググレ暗黒教専属の『召喚師』が異界から呼び出した魔猟犬か……猟犬と名が付いてはいるが、犬とは別物……まったく、怖くはないわい……どれ、元の世界に還してやるかのぅ」
ナックラ・ビィビィは、手の甲に現れた魔導生物の目に魔導カードを差し込み、スラッシュさせる。
黒い幾何学模様の魔導円が魔猟犬たちの頭上に出現して、魔猟犬は砕けるように魔導円の中に吸い込まれ消えていった。
魔猟犬が消えていく最中に、洋館から逃げた男女を追ってきて追いついた。使用人たちは、粉々になって魔導円に吸い込まれていく魔猟犬を見て驚愕する。
「まさか、召喚師が召喚した魔猟犬が。あんな高等魔導を使えるのは、西方ではただ一人だけ……あの少女が、まさか!?」
手に人間捕獲道具を持った使用人たちから、遅れて狩猟服姿をした、洋館の主人と妻が現れた。
現れた洋館夫婦の顔は、逃げてきた男女と同じ顔をしていた。
初めて見た洋館夫婦の人相に、驚く洋館から逃げてきた男女と、つられて驚くギャン・カナッハ。
「同じ顔? どういうコトだ?」
ナックラ・ビィビィは、洋館夫婦が首から下げている金色をした二枚貝型のロケットペンダントを凝視しながら言った。
「そのペンダントのロケットの中に、過去に洋館の書斎で発見した〝ググレ暗黒教典〟の失われた断片が入っているのだな」
洋館の夫婦は、ナックラ・ビィビィに向かって丁重に頭を下げて言った。
「お久しぶりです……ビィビィ先生」
ギャンの頭の上に「?」の群れが飛び回る。
ナックラ・ビィビィは、少し懐かしむ口調で言った。
「大きくなったのぅ……あの時の子供が、イトコ同士で本当に結婚してしまうとはのぅ……口約束だけではなかったか」
頭の上に「?」が群れなすギャンが、ナックラ・ビィビィに説明を求める。
「前にも一度、この地を訪れたコトがあってのぅ……数日間ではあったが、洋館で家庭教師をして子供だった二人に勉強を教えた」
ナックラ・ビィビィの話しでは、その時に書斎の書物の間に挟まっていた邪悪な教典の欠片を、イトコ同士で遊んでいた二人は発見してしまった。
「思えば、あの時に強引にでも奪って燃やしてしまえば良かった……儂の失態じゃ」
ナックラ・ビィビィは、洋館の主人となったイトコ同士の夫婦と。同じ顔をした男女を眺めながら、洋館の主人に向かって手の平を広げた片手を差し出す。
「さあ、儂にあの時、見つけた教典の欠片を渡せ……信者になってしまった以上、欠片でも人の心に歪みを生み出す邪悪な教典は燃やさねばならん」
「渡せません、グレゴール大司教さまの教えで、信者でない者に教典を触れさせてはならぬと」
「ふんっ、あのクソ親父が言いそうなコトじゃ……ググレ暗黒教典は、人の心を蝕み歪ませる闇の教典じゃ。
とは言え、数日間でも家庭教師をして勉強を教えた生徒の二人に手荒なコトはできん……どうしたら良いものやら」
少し考えてからナックラ・ビィビィは、リャリャナンシーに言った。
「リャリャナンシー、お主の眼力を今こそ使う時じゃ……石化能力の眼力を」
リャリャナンシーが体の中に隠していた、コウモリの黒い羽を背中から露出させて広げる、羽に数個の目が現れる。
リャリャナンシーが、居合い斬りをするような 低姿勢のポーズをとってナックラ・ビィビィに言った。
「やはり、わたしの眼力効果を知っていたのか」
リャリャナンシーの兜の赤い光点が紫色に変わり、紫色の光線が洋館夫婦に浴びせられる。
洋館の主人は
ナックラ・ビィビィが鉱石化した洋館夫婦から、金色シェルのロケットペンダントを外すと。振動で石化した衣服が剥がれ落ちて、石化した洋館夫婦は裸体像に変わった。
リャリャナンシーが言った。
「心の色で石化した時の鉱石は変わる、十二時間を経過したら石化は解ける──欠けたり破損したら、石化したまま。水を浴びても石化したままになって元には戻らない──十二時間の間に、石化した者の体を磨けば、心と体が輝く」
曇天が広がりはじめた空を仰ぎ見ながら、リャリャナンシーが言った。
「雲行きが怪しい、雨で濡れる前に石化した像を移動させた方がいいぞ」
使用人たちは、慌てて主人夫婦の石化像を洋館へと運んでいった。
使用人たちの姿が見えなくなると、ナックラ・ビィビィは二枚貝型のロケットペンダントを開く。
中には虫食い穴が開いた、古い紙切れが入っていた。
ペンダントを地面に置いたナックラ・ビィビィが、リャリャナンシーに言った。
「頼む、燃やしてくれ」
リャリャナンシーが忍者刀の鞘先に付いている火打ち石で、ググレ暗黒教典の欠片に着火させると邪悪な教典は黒い煙を出して、燃えて灰になった。
三日月型の魔導杖の柄を水平にして背中に押し当て、背中を反らす運動をしながらナックラ・ビィビィが、洋館から逃げてきて怯え続けている男女を見ながら言った。
「さてと、お次は……お主ら二人の未来じゃな」
◇◇◇◇◇◇
数十分後──ナックラ・ビィビィたちと、洋館から逃げてきた男女は【アルプ・ラークル】の町にいた。
男女は、ナックラ・ビィビィから衣服を買い与えられ、旅の旅費と西方王宛の手紙を渡された。
「お主らは自由じゃ、この町の外れに儂の昔の旅仲間がおる、その者に手紙を見せれば西方王の元に連れていってくれる……安心せい、西方王はお主らの衣食住の面倒を見てくれるはずじゃ」
男女は幾度もナックラ・ビィビィに向かって頭を下げながら去っていった。
男女の姿が通りの角を曲がって見えなくなると、ナックラ・ビィビィが言った。
「さてと、儂らも出発するとするかのぅ」
歩きながら、頭の上を「?」の鳥が群れているギャンがナックラ・ビィビィに訊ねる。
「いったい、あの二人はなんだったんだ? 説明してくれ」
「錬金術師がフラスコの中で作り出した人造人間〝ホムンクルス〟じゃ……もっとも、あの段階まで成長させるコトに成功すれば小人ではなく。一人の完成された人間だが……ググレ暗黒教典の欠片に書いてあった、虫食い断片文字を誤った解釈をした結果の産物じゃ」
「もう、燃やしてしまったから何が書いてあったのか、知るコトはできないなぁ……残念」
「ふんっ、過去に一度見て内容は覚えておるわい、二つに分けた教典の一片には『ググレ教団……生け贄を……奉仕で……死を』もう一片には『魂……作り出したる……一緒に肉体を……されば天国に』と、書いてあった……洋館のイトコ同士で夫婦になったあの二人は、自分のホムンクルスを作り出して教団に生け贄として差し出そうとしていた……愚かな行為じゃ」
歩きながらナックラ・ビィビィが呟いた。
「自分を捨てるコトなどできん……自分を捨てて幸せになど、人はなれん」
岩塩山の町【アルプ・ラークル】~おわり~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます