アスナ・ギーヴルは死んで……②
小さな畑を耕しているアスナの姿を眺めていると、轟音と軋み音を響かせて木製車輪がついた。海賊船が走行してきて、畑の上に停まった。
甲板に立つ海賊の格好をした若い男が、アスナを見下ろして冷ややかな口調で言った。
「まだ、そんなムダなコトをやっているのか」
海賊の配下たちも、アスナを見下ろして眺めている。
「さっさと、自分が死んでいるコトを認めやがれ……こんな枯れた土地に種なんて蒔いてもムダなんだよ」
微笑み見上げるアスナ・ギーヴル。
「なに言っているんですか? あたし死んでなんていませんよ……明日結婚するんですから」
「それが、ムダだと言っているんだ! ムダ、ムダ、ムダだぁぁ!」
黙って陸海賊とアスナのやり取りを聞いていた、ナックラ・ビィビィが海賊の男に訊ねる。
「お主、少し言い過ぎではないか……だいたい、なぜ海賊が陸におるのじゃ?」
「海で海賊をやっていたら、賞金首になっちまって追われる立場になっちまってな……海から逃げてきた、陸なら海の法律や規則は適用されないからな」
「情けない海賊じゃ……海賊なら、さっさと川を下って海にも……!?」
ナックラ・ビィビィの視線が海賊船の船体の一部を凝視する。
そこにハメこまれ補修された板の表面には、見覚えがある筆体の文字があった。
「お主……その破損した箇所の補修に使った板を、どこから調達してきた」
「変な道標が立っていたから、引き抜いて使わせてもらった」
陸海賊の言葉を聞いたナックラ・ビィビィの拳がワナワナと震える。
「ギャン! リャリャナンシー! 儂が許す、この陸に上がった海賊をこらしめてやれ!」
腕組みをした、リャリャナンシーが言った。
「悪いが少し、個人的な事情があるので。陸海賊に制裁を与えるのは遠慮したい……その海賊は、アスナを殺した犯人ではないのでな」
「それなら、しかたがないのぅ……無理強いはせん」
ナックラ・ヴィヴィは、三日月魔導杖の先をギャンに向けて言った。
「ギャン! お主の石頭を海賊船にぶちかませ!」
「オレもやりたくは……」
「お主に拒否権は無い! お主の本当の力は、まだ目覚めてはおらん……そのデカ頭で、海賊船に穴を開けろ!」
「なんだそれ! 不公平だ! 一つ目の綺麗なネーチャンだけ優遇されて……オレの本当の力? どういう意味だ?」
「えーいっ、ぐだぐだ面倒くさいヤツじゃ!」
ナックラ・ビィビィは、魔導杖でギャンの足元をすくう。
片腕を斜め下に向けて、反対側の足を上げて
「おっとととととっ」
よろめきながら、巨大化していく頭。
そのまま勢いをつけて、海賊船の船体にギャンのデカ頭がぶち当たると。
船体に穴が開き、傾いた海賊船の甲板から陸海賊の男が転がり堕ちてきた。
駆け寄ったナックラ・ビィビィは、鬼神の形相で三日月魔導杖を振り上げて言った。
「よくもぅ、儂が丹精込めて作った道標を、海賊船の補修板に! お主のようなヤツに魔導力を使うのも、もったいない地獄の責めですら、お主には生温い! 叩き殺してくれる!」
怒りに我を忘れたナックラ・ビィビィが、三日月型の魔導杖を陸海賊の頭目がけて、振り下ろした瞬間──木製のチェンソーの刃が杖の柄を受け止める。
「!?」
ゼンマイ仕掛けの、木製チェンソーでナックラ・ビィビィが振り下ろした魔導杖を止めたのは、花嫁衣装姿のアスナ・ギーヴルだった。
アスナが微笑みながら言った。
「この人を許してあげてください……明日、結婚式を挙げる。あたしの花婿ですから」
「お主の花婿?」
怒りの魔導杖を収めたナックラ・ビィビィが、アスナと陸海賊の顔を交互に眺め、過去に体験した叡知からすべてを理解する。
「そういう、ことじゃったか……怒って悪かった」
数分後──畑を耕しているアスナと耕しを手伝っている、リャリャナンシーを眺めながら、ナックラ・ビィビィは傍らに座り込んだ、陸海賊に話しかける。
「お主……同じ毎日を繰り返す、花嫁を見るのが辛かったのじゃな……明日になれば結婚できると信じておる、アスナを見るのが辛くて……あんな意地悪なコトを」
「やめさせようと思った……明日になっても挙式は行われない、また挙式前日がアスナには訪れるだけだ」
「やめさせて、どうするつもりじゃ……アスナにとっては、明日になれば結婚できるという喜びが生きている実感じゃ、それを奪ってどうする」
陸海賊は、空を仰ぎ見てナックラ・ビィビィに訊ねた。
「西の大魔導師ナックラ・ビィビィ。教えてくれ、オレはこの先どうすればいい?」
「アスナが同じ毎日を繰り返しているのなら、お主も今日と同じコトをつき合ってやってやれ……強制的に止めさせるコトはしないでな」
「同じコトの繰り返しか……」
「同じではないぞ今日、儂らと出会ったであろう……何かしらの変化があれば、同じ毎日の繰り返しではない」
ナックラ・ビィビィは三日月魔導杖の先で、斜めに傾いた海賊船を差して言った。
「道標だけは、元の場所に作り直しておけよ……案内表示の文字は儂が書く、お主はその道標を管理保護するのじゃ……この地を訪れる旅人たちのために」
少し離れた場所で、巨頭化したまま、頭を下に転がったギャンが、ダジィたちからグラグラ揺らされながら。
「もしもーし、何かお忘れではありませんか……西の大魔導師さま」
そう、哀願する声が聞こえてきた。
陸海賊の村【リリー・パリゼット】~おわり~
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