日奇

殿下

ジークの話

商業の街サルㇲファーン。その路地裏に風が吹けば飛びそうな、もとは穀物の倉庫として扱われていた古びた建物がある。そこが、バードが始めた怪奇体験買取業者【怪奇ラボ】のオフィスである。そこへ今日も恐怖体験や不思議な経験を買い取ってもらうため客が訪れる。


「さて、お話を聞かせていただきましょうか。」

長い沈黙を破りバードは怪奇体験を売りたいという依頼者ジークに問いかける。ジークは見るからにくたびれた中年といった風貌で、着ているスーツは手入れがされておらず髪は白髪に覆われ真っ白だ。

 

「本当に話を話すだけでお金がもらえるんですよね?」

と男はまだ信じ切っていない様子でバードに問いかける。

「大丈夫ですよ、安心してください。値段は私が聞いて満足すればするほど弾みますよ。」

聞かれてることに慣れているのだろう、バードは慣れた口ぶりで笑顔を交えながら答える。

「わかりました、では早速お話を始めさせていただきます。」

ジークはミシンの縫い目をほどくようにゆっくり丁寧に話し始めた。


 

私はサルスファーンにほど近い小さな寒村に生まれました。私の父母は小作人としてその村の地主の下で働いておりました。小さいころから両親を助け少しでも暮らし向きが良くなるようにと手伝っていました。生活は苦しかったですが、今思い返すとそのころが一番幸せだったように思います。


私が15歳か16歳になるころでしょうか、私が畑作業を終えていつものように家路を急いでいた時です。草むらから歌が聞こえてきました。私は不思議に思いながらその声の方へ向かいました。すると、そこには美しい姿をした少女が立っていました。


彼女は、私にだけは優しく微笑み、私の心を癒してくれました。しかし、私たちの関係が深まるにつれ、私の周りから村人たちが離れていくのです。それは、少女が村人の記憶にはないという理由からでした。先ほどお話した通り、私が住んでいた村は小さく、村人は全員が顔見知りのような関係だったのです。しかしながら、彼女のことを知っている人は村には誰一人いませんでした。私が少女と仲良くなってからというもの作物が一晩で枯れたり、家畜が突然消えたりするなど、村には不幸が降りかかりました。


周囲の人々からは、私と少女の関係が原因だと疑われ、避けられるようになりました。それでも私は少女を信じ、彼女の言葉に耳を傾け続けました。そんなことが続いていたある日、飢饉が発生しました。バードさんの記憶にもあるように国家規模で起きた飢饉でした。村人たちは絶望の中にありました。私もまた、絶望の中にありましたが、その中で少女、彼女の存在は私にとって唯一の希望でした。彼女は私に、私たちがこの苦難を乗り越える手助けをしてくれると約束しました。


私たちは村の人々に食料を提供するため、森に入り、採取や狩猟を行いました。そして、彼女の力を借りながら、私たちは不作にも関わらず豊かな収穫を得ることができました。少女の力が村を救ったのです。


しかし、私たちの幸せは長くは続きませんでした。村人たちは、私と少女が飢饉を克服した理由を知りたがり、私たちに迫ってきました。彼女は彼らに真実を伝えることを決意しました。なんと彼女は近くの森に棲んでいた狐だったのです。作物や家畜が枯れたり消えたりしていたのは、人間が食べる量だけでは足りない彼女が夜な夜な食べていたからだと告白しました。


村人たちは驚き、そして恐れました。彼らは彼女を異端者として扱い、村から追放しました。彼女が身に着けていた髪飾りを残して。


それ以来、私は孤独な旅を続けています。彼女との思い出が私の心に残り続けます。彼女は私に勇気を与え、愛を教えてくれた存在であり、彼女との別れは私の心に深い傷を残しました。しかし、彼女の存在は私の人生を豊かにし、私は彼女を永遠に忘れることはありません。


ジークは話を終え、バードは深く感動した。彼はジークの体験に高い価格を支払い、その話を【怪奇ラボ】のコレクションに加えた。そして、ジークはそのお金で新しい人生を始めることができた。バードは、ジークのような人々の話を集めることで、世界にはまだ知られざる不思議がたくさんあることを再確認した

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日奇 殿下 @dennka

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