第二十六話 火の国へ❷
ウヤクは深く目を瞑り、一度深呼吸をすると瞼の裏に出来るだけ事細かく過去を思い描きながら二人へ向けて話を始めた。
400年前。コクヨウ首都オブシード中央、黒鉄城。
幾重に重なったフリルのついたドレスを振り乱しながら城内を忙しなく駆ける少女。少女の髪は沈む夕日を幾つも重ねた様に純粋な赤色をしており、その髪が軽やかに動く度周りの人間はその赤い曲線の美しさに魅了された。
彼女の名はウヤク。
ウヤクは城の内外で愛されていた。王女という身分でありながらよく城の外へ出て城下町の住人達へ奉仕していたからだ。食べ物や衣服を配り時には腰を悪くした屋台の主人に代わって店番をしたりもした。誰一人としてウヤクの行為を偽善だと言う者はいない。ウヤクのそれは幼い頃からずっと続いているものだからだ。
幼い頃のウヤクは庭に植えてある花を籠いっぱいに摘みとっては城下に出向き目があった人全員に花を渡して周るのが日課だった。庭師も最初はいたずらだと頭を悩ませたが、王女の無垢な優しさに感化され、より色鮮やかで多くの花を咲かせる物を選んで植える様になった。
そんなある時不穏な噂がウヤクの耳に入る。
それはコクヨウの南西に位置する当時最大の国家ルエンがコクヨウに攻め込んできていると言う話だった。
コクヨウは大陸の北方に位置し山に囲まれている。年の半分は厳しい寒さと山嵐に晒され、農作物は取れず貧しい国だ。食料は他国との貿易に頼りきり、代わりに山から豊富に取れる鉄鉱石とそれを加工する技術を売って生きながらえてきた。
ルエンは国土の三分の一が活火山で、その為コクヨウほどでは無いが農作物は育ちづらく食料は常に枯渇していたが、繊維業が盛んで耐熱性のある火鼠という特殊な布を輸出して代わりに食料品を他国から輸入していた。
国土の性質は似たところのあるコクヨウとルエンだが、ルエンだけが繁栄している大きな理由が一つあった。それは魂操術の質の差だ。
コクヨウの魂操術が死者の魂を肉体もしくは依代に憑依させ操ることが出来るのに対し、ルエンの魂操術は炎を自在に操ることが出来るという戦闘に特化したものだった。
圧倒的な武力を手にしたルエンは、魂操術の最初の発現が確認された600年前からみるみるうちに領土を拡大していき大陸での覇権を手にした。
噂が本当であればコクヨウに勝ち目はない。それは誰も口にしなかったが、誰もが確信していただろう。
それから何日もしないうちに噂は真実であると国王から民達に伝えられた。
その日以降街には人影が少なくなり、あらゆる音と匂いが消えた。
毎日笑顔を交わしていた人達の顔から日に日に生気が消え失せていくのをウヤクは見ている事しか出来なかった。
シナバモロトモ 炊ける @husyu57
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