第二十三話 死❸

タイカの目に映るセイは正に怪物だった。

こんな筈では無かった、どこで選択を間違ったのかと、今更しても仕方が無い後悔が更にタイカの動きを鈍くする。

枝と自らの骨が突き刺さった腹を見ながらタイカはにじり寄る死を感じ取った。


相対するセイの目は殺気に溢れ煌々と光っている。

セイ自身自分の中にこんなにもおぞましい感情が眠っていた事に心底驚いていた。


今まで自分が食らってきた獣達の魂も腹の中から暴れたいと叫んでいる。野性の叫びは今にも自我を呑み込んでしまいそうで、もしもこのまま我を失ったらどんな存在になってしまうのかという恐怖がセイを襲った。


渦巻く感情を押し殺し、再びセイはタイカへ向かって猛進した。勿論とどめを刺すために。


しかし手を伸ばせば届く程のところで目の前の景色が赤く燃え盛った。タイカが何かした様子は伺えなかったが突如地面が爆発したのだ。


爆風で体勢を崩し、目も爆発の閃光で潰されたセイの無防備な懐へタイカが潜り込む。その顔は微かに笑っていた。


タイカの左手には腹に突き刺さっていた自分の骨が握られている。タイカはそれを下から突き上げるようにしてセイの首を狙った。


セイはそれを野生の勘としか表しようのない第六感で直撃するのを避け、タイカの骨は首ではなくセイの下顎から口元へ貫通した。


「ちくしょう、これで終わりかよ」


タイカは攻撃が外れたのを見ると、笑いながらその場へ崩れ落ちた。骨を抜いた腹からは止めどなく血が溢れ続けている。


顎から骨を引き抜くと、途端に傷口は塞がり始めた。そのむず痒さに戸惑いながらセイは鉈を拾い上げタイカの首元へ添える。


「悪く思うな」


「楽しかったぜ、野生児くん」


タイカは大の字に両手両足を投げ出した。


セイは鉈を握る手に力を込める。


「やめて下さい、セイさん」


ウヤクは後ろから鉈を持つセイの手を引いた。


「ウヤク殿、止めないでくれ。どっちにしろこの傷ではいずれ死ぬだろう。ならば最後は私がとどめを刺す。これが村の仕来りだ」


「助かる方法ならあります。だからお願いですセイさん、殺さないで」


「、、、しかし」


どうすべきか迷うセイの前にどこからともなく一つの光球が現れた。


「仕来り仕来りうっさいのよあんた」


光球から声がする。


「姉さんか?」


セイは慌てて狼を探した。タイカに振り飛ばされ弱ってはいるものの狼は生きている。地面に伏せて体を休ませていたが、そこに姉の気配は無い。


「そうか、私が死んだ時姉さんの魂操術は解かれてしまったのか」


ウヤクはくつろぐ狼に微笑みと軽い会釈を送った。


『私を助けてくれたのは狼さんだったのね』


頭をしばらく掻きむしったセイは、仕方なしという感じで鉈を腰帯にしまい込む。


「わかった、ウヤク殿の言う通りにしよう。助かる方法とやらを教えてくれ」


どうやら村の仕来りよりも姉の一言の方が絶対のようだとウヤクは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る