第十九話 セイ❸

セイはウヤクを抱え上げると力一杯地面を蹴りタイカから出来る限り遠ざかった。貫通した傷口からは絶えず血が滴っている。


「セイさん、傷が、、、」


「気にすることはない、大丈夫だ」


赤い雫は時折ウヤクの顔の輪郭をなぞりながら後方へと流れ、土の上に点々と跡を残していく。


タイカは赤く残された痕跡を追うため忌々しい狼に噛まれている腕に力を込めた。ローナは危険を察知しすかさず身を翻すとタイカから距離を取り体制を整える。寸前まで自分が噛み付いていた腕の周りに陽炎が躍っている。


先程セイが苦しんでいたのはこういう事かとローナは腑に落ちた。タイカは魂操術で火球を出現させるだけで無く、自分の体温もしくは周りの空気の温度を上げる事が可能らしい。その為、攻撃を当てたセイの方が傷を負ってしまったのだ。


もし反応が少しでも遅れていれば自分の顔もひどい有様だっただろうとローナは肝を冷やした。


しかし反射的にタイカから離れたが為に彼の右手は自由になってしまった。


タイカは狼から解き放たれた腕をまだかろうじて後ろ姿の見えるセイの方へ掲げ、さらに人差し指を伸ばし指先にセイを捉えると、先程セイの体を貫いたものよりもさらに小さい豆粒ほどの火球を作り出した。


「頼むから死なないでくれよな」


タイカはそう呟くと極小の火球をセイに向けて放つ。


タイカの指先から鳴る空を砕くような爆発音と同時に、奥で崩れ落ちるセイとウヤクの姿がローナの視界に映った。


「セイ!」


ローナはタイカを置いて弟の元へ走り出した。タイカに狙い撃ちされぬよう左右に飛びながら。


タイカは舌打ちをすると狼の後を追った。


「ウヤク殿、、、大丈夫か、、、」


セイは脇腹を押さえながら自分の手から離れ地面に倒れているウヤクに声をかけた。倒れた衝撃で土埃をかぶってしまっている。


呼び声に眉を動かしわずかながら反応を見せるものの意識は失っているようだった。


「セイ!生きてるか!」


遠くで聞こえていたはずのローナの声がもう耳元まで近づいている。


「姉さん、心配ない、それよりウヤク殿を、、、」


「何言ってんのあんた、全身穴だらけじゃない!アイツが来る前に逃げるわよ」


「それではウヤク殿が、、、」


「知らないわよ!アタシは姉として話した事もない女より弟の命を優先するわ」


「そんな、、、」


「当然でしょ、アイツがまだどんな力を隠し持ってるか分からないし、今勝つのは無理よ」


「置いていくなんてそんな事出来ない!」


「引き際をわきまえなさい!」


ローナは近づいてくるタイカの匂いに焦りつつセイを説得した。急がなければ敵が来て今度こそ弟が殺される。自分の目の前で。そんな最悪を招くわけにはいかなかった。


「やっと追いついたぜ、こちとら息切れ中だってのに何仲良く喧嘩してんだおい」


最悪を引き寄せる悪魔の様な存在がもうすぐ声の届く距離まで迫っている。


「動きが止まってんぞ狼ちゃん!」


タイカは再び火球を放った。


「そんな火の玉当たるわけないでしょ」


「避けていいのかー、野生児に当たるぞ」


タイカの言葉に一瞬足が止まるローナ。火球はそのままローナの体を抉り取った。ローナに当たり軌道のずれた火球は、セイではなく木をいくつか薙ぎ倒しその動きを止める。


「姉さん!」


セイの声にローナは応えない。

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