第九話 銀狼❶
ウヤク達の建てた墓は、幾度の雨によって樹皮の隙間から深緑色の苔をのぞかせるようになった。
二人はそこへ欠かさず毎日足を運び、森で摘んだ花を添えている。
風は少し温もりをはらんで、リリーは気持ち良さ気にたてがみを靡かせている。そこへ銀色の狼が近づいて行くと、リリーは挨拶をするように頭を下げて互いの頬を擦り合わせる。
今では仲睦まじい2匹だが出会ってすぐは完全に狩人と獲物の関係だった。リリーの尻を見て涎を垂らす狼にウヤクが何度冷や汗をかかされた事か。
セイはウヤクの家の横に簡素な小屋を建てた。建ててから既に三度倒壊しているが、めげずに四度目の建設中だ。
そんなボロ屋の前にセイは座り込んでいる。不器用な青年は今日も狼を前にして目を閉じ、ウヤクがリリーにしたように姉の魂に語りかける。ひと月程この修行を続けているが、成功の予感は未だ微塵も感じられない。
「セイさん、焦る事が一番禁物ですよ」
ウヤクは常にセイを見つめ、表情一つ一つに気を配った。セイの前で行儀よく座っている狼もウヤクと同じような目をして奮闘する主人を見守っている。
ウヤクは修行を始める前にセイに一つ忠告をしていた。
「基とはその人の生きる信条のようなものです。その基を複数理解すると言う事は、自分の信条を無くしてしまう事にも繋がりかねません。なのでゆっくりと慎重に行なっていく事が大切です」
勿論セイはその言葉を一日たりとも忘れてはいない。しかし早く姉に会いたいとはやる気持ちがセイの気を散らしていた。眉間に皺がよる度、狼は濡れた鼻でセイの眉間をつつく。
「セイさんそろそろご飯にしましょう」
「もうそんな時間か」
ウヤクは食事を摂る必要は無いが、セイと行動を共にするようになってからは、セイと同じものを同じ時に食すようになった。今日の昼は林檎と兎の肉。
林檎は丁寧に八等分され、兎は皮を剥ぎ丸焼きにされている。セイはウヤクの食事の補助をすすんで行なった。
「ウヤク殿は騎士達ともこんな風に食事をしていたのか」
「いえ、彼らと接する事はほとんどありませんでした」
「なぜだ、その為にいるのでは無いのか」
ウヤクは何か迷うように口を真一文字にし、自らの掌を眺めながら話を始めた。
「、、、セイさん。私の事いくつくらいに見えますか」
「ん、何を突然、、、私と同い年くらいに見えるが」
「あそこの木を見て下さい」
ウヤクが指さした先には周りの物より数段大きな木がそびえている。根本の太さはウヤクとセイが二人で輪を作っても収まらないほどだ。
「あの木が双葉だった時から私はここに居ます」
「えっ、あっ、どういう事だ」
「私は老いる事がありません。何故かは分かりませんが」
「な、なんと」
「それとこの際セイさんに説明しなければいけない事があります」
ウヤクの耳にはっきりとセイのごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「それは、私の魂操術とセイさんに教えている魂操術の違いです」
「ど、ど、」
普段あまり饒舌では無いセイだが、今はさらに口下手になっている。
「セイさんに教えている魂操術。すなわち私の故郷の魂操術では肉体に魂を戻した場合、その肉体は生きていた頃のように年老いていずれは朽ちていきます。それが普通です。しかし私がそれをした場合だけその肉体は私のように歳を取らなくなるのです。それだけではなく例えば老人に使うと肉体の最盛期、おそらくセイさんと同じくらいの歳まで若返ります」
セイは目を閉じ、深呼吸をしている。
「ごめんなさい、一度に話しすぎましたね」
「つまりはどういう事だ」
「えーと、例えばリリーをセイさんが生き返らせていた場合リリーは寿命を迎えればまた魂だけの存在に戻ります。しかし私がやった場合、リリーは今のまま変わらず永遠に生き続けます」
「それは、、、なんといえばいいか」
「そうですよね、、、さっき言っていた騎士達の話、きっと彼らは怖かったんだと思います。私と関わりを待てば永遠の奴隷にされるかも知れないのですから」
「ウヤク殿はそんな事、、、」
「勿論するつもりはありません」
「すまない、辛い話をさせたか」
「いえ、いつかは話さなければいけなかったので、貴方の師匠として」
ウヤクは微笑んでいた。自分の掌を眺めながら。
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