第十一話 その実力、まさかのマスターレベル

 エルフの魔導師ウィザード、サキエルこと宝条ほうじょう咲季さきはカッコよく名乗りをキメたあと、くるっと後ろを向いた。同時に、そばにいた魔導猫ウィズキャット・カッシュをすばやく抱きかかえると、その耳に小声でささやいた。


(じゃ、あとはよろしく)

(は? 何言うとんねん)


 どうやら咲季は、ビトーへの説明その他うんぬんを、この猫一匹にすべて丸投げするつもりらしい。


(ちょ待てや、サキ。それくらい、自分でやったらええやないか?)

(お願い、カッシュ! 私、知らないひとと話なんてできないよ……)

(って、マジかい……)


 必死な表情で懇願する咲季を、あきれた様子で見つめるカッシュ。彼女と知り合ってからまだほんのちょっとしか経っていないが、才色兼備を絵に描いたようなこの完璧美少女が、ここまで人見知りとは正直信じられなかった。だが咲季にしてみれば、これでもかなり頑張ったほうなのである。


(……しゃあないなあ)


 カッシュは軽くため息をつくと、咲季の肩の上に乗り、意を決してビトーに話しかけた。


「あー、ワイらはとある希少レアな魔法を探して世界中を旅しているモンや。そん途中で、オークやゴブリンの大軍がこの辺りで暴れてると風の噂で聞いてな。そいで、先手を打ってヤツらの野営地キャンプを奇襲攻撃したったっちゅーワケや。まあ、いわゆるひとつの善意の人助けボランティアやな」


「そうだったんですか……。それは、本当に助かりました。ありがとうございます!」


 カッシュの話を真剣に聞いていたビトーは、素直に感謝の意を述べた。実際に彼は、咲季の放った焼夷弾魔法ファイアナパームを間近で見ていたわけであり、その点については疑う余地もない。


「こんおかたはエルフのサキエル様や。わこう見えるけど、王国でもイチニを争うと名高い、泣く子も黙る熟練魔導師マスターウィザードやぞ!」


熟練魔導師マスターウィザード? 私が?)


 カッシュのこの言葉に、咲季は思わず声を上げそうになった。


(こういうのはな、ちょいとったくらいがちょうどええねん。ま、あれだけの攻撃魔法を使いこなしたんやさかい、それなりのレベルやとは思うで)


 魔導猫ウィズキャットが下した思いがけない高評価に、すっかりうれしくなった咲季。その表情をビトーに気取られないよう、彼女はすこしだけ横を向いた。


「……あ、あのう、なにか?」


 ひそひそ声で話し合う猫と少女の様子を、不安そうに見つめるビトー。カッシュは誤魔化ごまかすように、小さく咳払いをした。


「あー、気にせんでええ。あんまりしゃべりたがらへんかたやけど、実力に反してごっつう奥ゆかしいお人なんや。せやさかい今後は、サキエル様にはワイを通して話をするように」


 それにしても、ペラペラとよくしゃべる猫である。だが咲季にとってみれば、饒舌じょうぜつなカッシュに交渉代理人スポークスマンになってもらったほうがありがたい。


「それからワイは、サキエル様の『使い魔』のカッシュっちゅーモンや。ワイもこう見えて、めっちゃ高レベルの魔導猫ウィズキャットやさかいな。ただの猫とちゃうんやで?」


「はあ」


「ちゃんとうやまえよ?」


「はい、しょ、承知しました!」


 カッシュがめっちゃ高レベルの魔導猫ウィズキャットであることも、決してウソではない。いまのところ魔法がぜんぜん使えないという事実を言ってないだけで。


「あ、あの、サキエル様、カッシュ様! ぼくの村、ホッタンの村って言うんですけど、ぜひお越しになってください! ちゃんと村長とかみんなに話して、お礼もさせていただきたいですし」


 カッシュは、ビトーの「お礼」という言葉に敏感に反応した。


「ん、礼ってなに? カネ? メシ? 和菓子?」


 咲季はカッシュの口を右手でふさぎながら、せいいっぱい絞り出した微笑みとともに静かにうなずいた。


「では、せっかくだから立ち寄らせていただくわ」




「で、『マドゥル』ってなんなん?」


 咲季とカッシュは、ビトーが乗ってきた農作業用の馬車の後ろに乗せてもらい、ホッタンの村へと向かっていた。その道すがら、咲季の膝の上でくつろいでいたカッシュは、彼女がオークの頭領ボスを倒したときに発したその言葉についてたずねた。


「んー、『マドラガダラの魔導書グリモアル』って、長くて言いにくいと思って。だから、ちぢめて『マドゥル』にしたの。わりといいでしょ?」


 そう言いながら咲季は、魔導書グリモアルの皮表紙に手を当てた。それにしても彼女は、いつの間に超古代の遺物レリックを意のままに操れるほどになったのか。カッシュは咲季の潜在能力に、空恐ろしいものを感じていた。


「……ふーん。ま、たしかにそのままやと、ちょいとっこしいからなあ」


 そう言ってケラケラ笑うカッシュを、咲季は冷めた目で見つめた。


「ていうか、さっきの『使い魔』ってなによ。いつの間に、そういうことになったわけ?」


「ああ、アレな。そういうことにしとかんと、ワイまで魔物モンスター扱いされてまうやろ? この世界ゲームでは、野良の魔物モンスターは問答無用で討伐対象やからな」


「そうなんだ」


 たしかに、関西弁を話す猫などそれだけで怪しい存在ではある。今後、人見知りな咲季に代わって交渉代理人スポークスマンを務めるとなれば、なおさらだ。


「これからも、ワイらは一緒に旅を続けるんやし。いらん疑いかけられて、人間たちから危害を加えられたらかなわんさかいな。不本意やけど、まあしゃーない」


 そう言いながらカッシュは、腕を組んだ。脳天気そうに見えて、意外にちゃんと考えている猫である。


「ありがとね、カッシュ」


 咲季は、カッシュの頭を優しくなでた。


「かまへんで、


 そんなカッシュも、まんざらでもないといった表情ではある。


「あ、見えてきました。あれがホッタンの村です!」


 二人のほうを振り向きながら、ビトーが言った。




続く


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