第七話 その本、デカくて重くて奇妙につき

 ゆっくりと台座の上に手を伸ばし、咲季はそこに安置されている本に触れた。


「すっっっっごく、古い本ね。それに——」


 咲季とカッシュは、口をそろえて同時に言った。


「デカイわぁ!」

「デカイでぇ!」


 それは、ひと抱えほどもある巨大な本だった。得体の知れない動物ケモノの皮のようなもので覆われた表紙はすっかり色せており、とんでもない時代を経ていることは容易に想像できる。だが、その造りはすこぶる頑丈で、建設現場のむき出しの鉄板にも似たゴツゴツとした感触があった。


「ねえ、どエライ秘密って、これのこと?」

「さあ、どやろな。やっぱりワイは、こんな本見たことあらへんわ」


 カッシュの返事に、軽く肩をすくめる咲季。注意深く台座を観察していた彼女は、意を決してその本を抱え上げた。


「うわっ、重たーい!」


 見た目に違わず、その本はずっしりと重かった。それに、いったい何百ページあるのかと思うほど分厚い。これほどの代物なら、振り回せば武器にも、眼前にかざせば盾にもなりそうだとさえ咲季は思った。


「せやけどな、サキ。デカさや重さはともかく、肝心なのはその本の中身やで」

「うん」


 はやる気持ちを抑えつつ、咲季はページをめくろうとした。しかし不思議なことに、いくら力を込めても開くことができない。まるで、その表紙ががっちりと接着でもされているかのようだった。


「どないしたんや?」

「おかしいな……これ、ちっとも開かないのよ」


 咲季の様子を遠巻きにながめていたカッシュだったが、今のところ危険はないと察知したのか、ようやく近くまでやってきた。


「せっかく古文書を手に入れても、中が読まれへんのやったら意味ないで」

「そうね」

 そう言いながら咲季は、とりあえず力技で本を開くことをあきらめた。


「ひょっとしたら、なんかの力で封印されてるかもしれんな」


「封印?」


「ああ。たぶん、誰もかれもが中身を読まれへんようにカギがかかっとるんやろ。ちょっと見せてみ?」


 咲季はその本を、カッシュにも見えるように床に置いた。


「カギって、どういうの?」


「せやなあ。ふつうは魔法陣とか、おフダとかやな。呪文や合言葉みたいなモンかもしれんし」


「ふうん」


 カッシュはその本のまわりを、念入りにペタペタと嗅ぎ回った。


「うーん。とくに、変わった仕掛けがついてるようには見えんなあ。……それにしても、このキズはなんやろ?」


 本の表面に触れながら、カッシュはそうつぶやいた。よく見ると、表紙の中央をひと筋の亀裂が、横一直線に走っている。すると今度は咲季が、なにかに気づいて言った。


「ねえ、ここ。なにか書いてあるよ。ひょっとしてこれ、この本の題名じゃない?

——ほら、『マドラガダラの魔導書グリモアル』だって」


「なんやて?」


「だから、『マドラガダラの魔導書グリモアル』って書いてあるじゃない、ここに」


 カッシュは、そのとき発せられた咲季の言葉に、あきらかに動揺する様子を見せた。


「サキ……ジブン、なんで読めるんや? これ、超古代文字やぞ!」


「超古代文字って?」




 そのときだった。本が空中に浮遊したかと思うと、その表紙に刻まれていた横一文字の亀裂が、突然ぱっくりと上下に開いたのだ。それと同時に、その亀裂からまばゆいばかりの光が放たれる。


「きゃっ!」

「うおっ!」


 思いがけなく強烈な閃光フラッシュに、一瞬だけ顔を背けた咲季とカッシュ。だがふたりは、光がすこしずつ弱まるにつれ、本の中から自分たちがなにかに「見つめられている」視線を感じていた。


「これは……もしかして目玉?」

魔眼まがんやな。どうやらこの本、生きとるみたいやで」

「本が生きてるの?」

「せや。見てみぃやあの目、えらい血走ってるがな! きっしょいで〜コレは!」


 そう。表紙の亀裂のようなものは、この本のまぶただったのだ。すると、そこに現れた巨大な魔眼は、瞼を上下に開閉させながら低く響く声を発しはじめた。


ワレコソ ハ 『マドラガダラ ノ グリモアル』。超古代ヨリ ツチカワレシ 魔法ノワザヲ 後世ニ アマネク 伝エル 生ケル魔導書ナリ——」


「こ、この本しゃべりよったで!」

「いや、猫がしゃべってる時点で」

 魔眼の声を聞いてあわてるカッシュに、冷静にツッコミを入れる咲季。


「数万年ノ 時ヲテ イマ此処ココニ 蘇リタリ。我ヲ呼ビシ ナンジノ名ハ——」


 この本から発せられた問いに、咲季は反射的に返事をした。


……サキエル! 私の名前は、『サキエル』よ」


「——サキエル、汝ヲ 我ノ アラタナル 所有者トシテ 認メヨウ」


 そう言ってマドラガダラの魔導書グリモアルは、ゆっくりと表紙の魔眼を閉じた。そして咲季の手元へと収まると、そのまま動かなくなった。その本をしっかりと抱きしめた咲季は、呆然としているカッシュと見つめあった。


「ねえ、これ……いいの?」

「おう、ジブンのもんやで」


 その言葉を聞くと、咲季はそのウルトラ級のレアアイテムを高々と掲げながら叫んだ。



「よぉしっ、『マドラガダラの魔導書グリモアル』ゲットぉ!」




続く


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