第539話


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「香月高校―――八番―――」


 八番打者が打席に立つ。

 陸雄が構える。


(リクオがここに来て緊張している。リードが限られてくるな―――援護任せになるが―――)


 ハインがサインを送る。

 打者が構える。

 陸雄が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中にボールが飛んでいく。

 打者がタイミングを合わせて、スイングする。

 打者手前でボールが左に小さく曲がる。


(スライダー!? カーブじゃねぇのかよ?)


 バットの軸下にボールが当たる。

 ショート手前でボールが跳ねていく。

 紫崎が余裕を持って、星川に送球する。

 バットを捨てた打者が走る。

 塁を踏んだ星川が捕球する。


「―――アウト! チェンジ!」


 審判が宣言する。

 香月高校のランナー達がベンチに戻る。


「陸雄君。ここから後半戦です! 残りのイニングで逆転しましょう!」


 星川が陸雄に送球する。

 陸雄が捕球して、マウンドにボールを置く。

 そのまますぐにベンチに戻る。


「おい、陸雄。そっちは―――」


 灰田がベンチに戻る途中で声を出す。

 

「―――えっ? あっ!?」


 陸雄がベンチ付近でハッとする。

 間違って、一塁側ベンチに来たのだった。

 

「す、すいません!」


 陸雄が戻ろうとするとベンチから三岳が出てくる。


「試合前に済ませるべきだったが、挨拶がだいぶ遅れたね。キャプテンの三岳だ。陸雄君―――試合中だが、お互いに全力を尽くそう」


 三岳がそう言って手を出す。


「あっ、どうも。そのつもりです」


 陸雄も握手をしようとするが―――手を止める。


「あっ、すいません。利敵行為になるので握手はできません―――」


「ああ、それもそうだったな。すまない―――さあ、ベンチに戻って」


 陸雄が帽子を脱いで礼をする。

 切間がベンチで陸雄を睨む。


「くっせえからさっさと向こうのベンチに戻れよ!」


 陸雄がムッとする。


「このままずっと打たれろ雑魚投手」


 そう言って背を向けて、戻っていく。


「―――あ?」


 切間がキレ始める。

 佐伯が切間を抑える。


「切間さん。落ち着いて―――!」


「野球で殺されてぇか! この弱小のクソ猿ピッチャー!」


 切間が声を荒げる。


「みっともないから止めてくださいよ! 乱闘で没収試合になんてなったら兵庫の四強の名が汚れて―――笑いものですよ」


 佐伯がそう言って、切間を後ろで押さえつける。


「っち! 離せよ! あの猿―――試合の実力でボコす!」


 切間がそう言って、グローブを着ける。

 陸雄が味方の一塁側ベンチに戻る。

 九衛が笑いながら話す。


「おやおや? 他校の転校生かな?」


「アホ抜かせ! っこういうことは早く言えよ! 気付かない俺が悪いけどさ」


 陸雄がグローブを外して、九衛に突っ込む。


「フッ、陸雄の緊張が解けたんだ。九衛―――その辺にしとけ」


 紫崎がそう言って、九衛の肩に手を置く。


「わーたよ。四点差か―――次のイニングでチンピラ野郎まで回しても点差が残るかもな」


 九衛がそう言って、ベンチに座る。


「今までこんな展開ありませんでしたしね。流石は兵庫の四強ですよ。ここから逆転行きましょう!」


 星川がニコニコしながらバットを持つ。


「延長戦になっても僕が陸雄の代わりに投げるから陸雄はリラックスしなよ~」


 松渡がそう言って、水を飲む。


「ああ! 打たれた分は俺も打ち返して頑張るよ!」


 陸雄が握りこぶしを作って、気合を入れる。


「お前達―――ここを乗り切れないようでは先が見えているぞ。次は投手にとっても一番厳しいと言われる七回だ―――抑えて打ちに行くぞ」


「「はいっ!」」


 中野監督の言葉でメンバーが声を出す。

 六回裏が終わり―――。

 点差は6対10―――大森高校の劣勢で終わる。



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