第427話


 ベンチの古川が中野監督の顔を見る。

 中野監督がニヤッと笑って、やや驚く古川を見る。

 古川が少し間を置いて、声を出す。


「どうして本当に初球からスクリューを投げてくると思ったんですか?」


「速水は変化球を一つにこだわらないで投げていく傾向があった―――。紫崎の時にシンカーを見送らせて、次のパームボールを打たせれば―――必ず次の打線からはボール球すれすれのスクリューでカウントを取ってくると詠めていた」


 中野監督の淡々と述べる力強い言葉に古川とベンチの星川たちが驚く。


「捕手の山田は逆にそこにこだわらずリードをする。そのバランスで他投手と一緒に勝ってきたんだろう―――そのアンバランスさを突いた。速水が首を振ればほぼ確実にその速水の作るバランスに自身で頼る」


「―――見事な采配です。理論を越えたものを中野監督はお持ちのようですね」


 古川がそう言って、スコアブックを書き終える。


「と言っても―――今度からはまた山田のリードに頼りだすだろう。この手は二度は使えんがな―――さて、錦に勝負すると崩れるだろうから敬遠で1点差の優位に戻る、か―――」


 脱力した中野監督は腕を組んでグラウンド全体を見る。


(凄い! さすがは兵庫四強の名将です! こんな凄い人に僕達は練習で教わっているのか―――。僕のメジャーリーガーの道のショートカットになりそうですよ)


 星川が声に出さず息をのむ。


「僕の打順で2点差までいければ、星川君につないで3点差で登板する陸雄に楽な展開になるんだけどなぁ~」


 ネクストバッターサークルの松渡が座り込んでマウンドを見る。


「まぁ、この打席で僕の仕事は投手と打者共に終わりだし~、残った力でやるだけやってみますかね~」


 松渡がそうボヤいて、バットを握る。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――四番―――レフト―――錦君―――」


 右打席に錦が立つ。

 キャッチャーボックスの山田が立ち上がる。

 中野監督はサインを止めて、腕を組み直す。

 錦は無言でバットを構える。

 速水が悔し気にボール球をゆっくりと投げていく。

 四球目が山田のミットに入ると―――。


「―――ボールフォア!」


 球審が宣言する。

 錦がバットを捨てて、一塁にランニングする。

 ハインがホームベースを踏み―――大森高校に9点目が入る。

 そして紫崎が三塁をゆっくりと踏む。

 二塁には一塁からランニングした九衛が踏み終える。

 錦が一塁を踏んで―――この打席は終わる。

 ベンチに戻ったハインに星川がハイタッチする。


「また逆転しましたね。燃える試合ですよ!」


「ツバキ―――ハジメが打ったらリクオの登板がだいぶ楽になる。ネクストバッターサークルに行ってくれ」


 ハインがそう言い終えて、椅子に座る。

 星川がバットを持って、ネクストバッターサークルに移動する。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――五番―――ピッチャー、松渡君―――」


 松渡君が左打席に立つ。

 中野監督がサインを送る。

 松渡君がヘルメットに指を当てる。

 ボールを持った速水が構える。

 松渡が構えた後に―――山田がサインを送る。

 速水が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 松渡がタイミングを合わせて、スイングする。

 内角低めにボールが飛んでいく。

 打者手前で変化せずにバットの軸下にボールが当たる。


「ありゃ~! 嫌な感触~」


 ボールはファーストゴロになっていく。

 久遠寺が捕球して、塁審が宣言する。


「―――アウト! チェンジ!」


 松渡がトボトボとバットを持って、ベンチに戻る。


「コースは中野監督の指示どうりでも、全然ダメだったよ~。後は陸雄に任せるしかないな~」


 五回の裏が終わり―――。

 9対8で大森高校の優勢で終わる。

 その間―――。

 坂崎が陸雄のストレートを捕球する。


「よっし! 肩が作れた! これなら登板しても大丈夫だ。坂崎、サンキュウ!」


 陸雄がガッツポーズを取る。



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