第422話


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――八番―――サード―――大城君―――」


 大城が左打席に立つ。

 ベンチの中野監督が灰田にサインを送る。


(そこでそれかよ……中野の奴……隙がねぇなぁ―――ある意味一度きりの賭けだぜ)


 そう思った灰田がリードを取る。


(こいつと九番は雑魚じゃんか。変化球頼りだったから、ここらで三球三振ストレートでいくじゃんか)


 山田がサインを送る。

 速水も同意したのか頷く。

 大城が構える。

 速水がゆっくりと投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 その間に―――。

 一塁の灰田が走り出す。

 ファーストの久遠寺が声を出す。


「キャプテン! スチールです! ふたつに!」


 速水が投げ終えて、振り向く。

 灰田が二塁に走っていく。

 ボールはスローボールだったのか―――ゆっくりと真っ直ぐ飛んでいく。

 中野監督が腕を組んだままニヤッとする。


「相手を舐めている隙を突く―――これで速水は八番打者や九番打者にも油断できなくなる」


 勃起した大城がチアガールの太ももを見ながらよそ見をする。

 打つ気のないままボールがゆっくりと山田のミットに真っ直ぐ入る。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに102キロの球速が表示される。

 立ち上がった山田がすぐに送球する。

 速水がボールを躱して、セカンドを見る。

 灰田がスライディングする。

 セカンドが塁を踏まずに捕球する。

 そのまま灰田にタッチしようとするが―――。

 灰田の肩に届かず―――グローブが空振る。

 灰田が二塁ベースをスパイクの先端で踏む。

 カバーにいったショートにセカンドが送球する。

 塁を踏んだショートがガッカリした顔で塁審を見る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 当然の判定だった。

 灰田が二塁への盗塁を成功する。

 一塁側ベンチがスタンドと共に盛り上がる。


「灰田~! ナイススチールだよ~。タイミング完璧だったよ~」


 松渡が喜び、紫崎がバットをもったままベンチで声を出す。


「フッ、見事だぞ! 伊達に投手・野手・打者と器用なプレイが出来るだけはあるな―――」


 灰田がゆっくりと立ち上がる。

 ショートが速水に送球する。

 ベンチの星川が騒ぐ。


「これでツーアウトでもハイン君に打順が回ってくきますよ! 同点に出来る―――いや勝ち越しの点が僕の打順までに来るかもしれません!」


 打席の大城が股間を膨らませながら、チアガールを見る。


「メンソーレ! なんか良く解らないけど―――今この瞬間―――仕事した気がしたサー」


 ネクストバッターサークルの駒島が腕を組んでフッと笑う。


「一流はバットを振らぬというが―――先駆者のワシを差し置いて、盗塁とはなぁ! ワシの番になって、怯えるがいいクソザコポエマー」


 その間に陸雄が坂崎に投げ込みながら―――肩を作っていく。




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