第398話

 ベンチの中野監督が満足げにハインを見る。


「速水の得意球はスクリュー。有利な状況では投手は気持ちよく得意球で投げるケースがある。プレッシャーを感じない投手だからこそ通用する策だ―――上手くいったな」


 そう言って、腕を組みなおす。

 ファーストが速水に送球する。

 速水が黙り込んで捕球して、打席を見る。

 ハインが一塁にいる状態で―――ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――二番―――ショート―――紫崎君―――」


 右打席に紫崎が立つ。

 中野監督がサインを繰る。


(フッ、一球見て変化球じゃないなら次はそれがくるか―――。了解)


 紫崎がヘルメットに指を当てる。

 速水が一塁をチラチラ見みながら、打席を見る。

 山田がサインを送る。

 速水が首を振るので、山田がミットを構える。

 紫崎が構える。

 速水が投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが飛んでいく。

 紫崎が見送る。

 ボールが変化せずにミットに入る。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに132キロの球速が表示される。

 

(やはりストレートが来たか―――中野監督の指示なら次は―――)


 紫崎が構える。

 山田が返球する。

 速水が捕球して、構える。

 山田がサインを出す。

 速水が頷く。


(あいつが素直に頷くのあんまりないじゃんか。なら―――俺のナイスリードじゃんか)


 山田がミットを構える。

 速水が投球モーションに入る。

 そして指先からボールが離れる。

 真ん中やや低めにボールが飛んでいく。


(フッ、問題は俺が打てるかどうかだが―――)


 紫崎がタイミングを合わせて、スイングする。

 打者手前でボールが左に浮いて落ちる。

 110キロ台のシンカーだった。

 紫崎がバットの軸下にボールを当てる。

 カキンッという金属音と共にボールがピッチャー方向にライナーで飛ぶ。

 速水がしゃがみ込んでボールを捕球する。


「―――アウト!」


 審判が宣言する。

 ピッチャーライナーで紫崎がアウトになる。

 一塁側ベンチの古川がスコアブックを書きながら、中野監督に話す。


「練習でもそうでしたけど、紫崎君はシンカー苦手みたいですね」


 中野が腰に手を当てて、軽く伸びをする。


「なぁに―――試合の後半から目が慣れる頃だから、シンカーに関してはそれほど心配することも無い。切り替えていけばいい。紫崎にはそれが出来る」


 紫崎がネクストバッターサークルの九衛に話す。


「フッ、九衛。速水はこのイニングではスクリューよりもシンカーを意識して投げ始めてくるころだ。打てるな?」


「がっはっはっ! あったりめぇよ。ゴロ球にさせやすいシンカーなら中学から打ち慣れている。俺様に任せろ」


 九衛が高笑いをして、打席に移動する。




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