第376話


 中野監督が解ったかのように話を続ける。


「そしてストレートの次に早い球を投げれば同じストレートだと打者が思い振ってくる。それをスクリューだと思わせて自分のペースにさせるのは詠んでいた」


 古川がスコアブックを書いて、答える。


「投手頼りのリードですもんね。速水君―――次は緩急をつけてくると思いますか?」


「それでも他の変化球に頼ってくるだろうな。これまでの試合では速水はリリーフだったが、今回のみ完投でだろう」


 陸雄達がそのやり取りを聞いて、関心する。


(確かに俺が投手だけなら通用しないと踏んで緩急か他の変化球を使うかも―――)


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――二番、ショート―――紫崎君―――」


 紫崎が右打席に立つ。

 中野監督がサインを送る。


(フッ、他の変化球なら初球から振ってこい、か―――次の打席で必ず速水はそれに頼るから―――なるほど)


 紫崎がヘルメットに指を当てる。

 セカンドからボールを既に受け取った速水が打席を見る。

 捕手の山田がサインを送る。


(ストレートで組み立てるのがベターじゃんか―――)


「……冗談じゃねぇ……俺のシックスセンスが拒否してるさ……」


 速水は首を振る。

 山田がサインを止めて、ミットを構える。

 そのまま速水は投球モーションに入る。

 サウスポー独特のフォームで投げ込む。

 内角の中央にボールがゆっくりと飛んでいく。

 紫崎がタイミングをやや外して―――スイングする。

 打者手前で左に浮いてから落ちていく。

 紫崎がバットの先端と軸の中間位置にボールを当てる。

 カコンッという音と共にボールがピッチャーライナーで飛んでいく。

 速水は腰を落として、グローブで低めのライナーボールを捕球する。


「―――アウト!」


 審判が宣言する。

 ベンチの星川が驚く。


「紫崎君がピッチャーライナーしましたね。あれはシンカーでしょうか?」


「ああ、たぶん―――古川マネージャーの練習で見たシンカーだな。紫崎なら打てるはずだけど―――監督の指示だしなぁ」


 陸雄がそう言って、腕を組んでいる中野監督を見る。

 古川がスコアブックを書きながら、中野監督に話す。


「中野監督。紫崎君にわざとシンカーを遅らせて打たせましたね?」


「ああ、これで次の打席は速水にシンカーに頼りだす。そこを突く」


 中野監督はそう言って、ニヤリと笑う。


「すべて打たれた時に速水は初めて捕手のリードに頼ってくる。その時もチャンスだ」


 中野監督がそう言った後にウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――三番―――セカンド―――九衛君―――」


 九衛が左打席ではなく右打席に立つ。


「さて、速水が次に投げる球は確実に把握している。九衛に楽な仕事をさせてやるか―――」


 中野監督がサインを送る。


(初球からシンカーを投げて、それを中心に三振にさせてくる? 中野監督がそう言うサイン出すなら、間違いないな)


 九衛がヘルメットに指を当てる。


(さーて、シンカーを打ちに行きますかね)


 そう思った九衛が構える。

 捕手の山田がサインを送る。

 速水が首を振るので、山田は黙ってミットを構える。



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