第322話


「淳爛高等学校―――。一番―――ショート―――張元君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 張元が左打席に立つ。


「ハインきゅん! 君には悪いが、俺っちがこっから上位打線で逆転するから―――見ててくれよな!」


 張元がそう言って、監督のサインを確認する。


「なんなんだ―――あいつ?」


 陸雄がやや引き気味に呟く。


「陸雄とか言ったな? バッテリーとして、お前はハインきゅんにふさわしくない! 投げてこい!」


 張元が構える。

 ハインが無視して、無言でサインを送る。

 陸雄が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 外角の中央にボールが飛んでいく。


(そこにストレートは甘いぜ!)


 張元がタイミングを合わせて、フルスイングする。 


「―――んぬっ!」


 張元が違和感を覚える。

 打者手前でやや小さく左に曲がる。

 張元のバットがボールから一個分ズレる。

 それは陸雄のスライダーだった。

 ハインのミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに127キロの球速が表示される。

 ハインが返球する。

 陸雄が捕球する。


(リクオ―――球速をここで一定にしろ―――)


 ハインがサインを送る。


(おっ! 何か考えあんだな? 二球先まで細かいサイン出すって、珍しいな)


 陸雄が頷く。

 張元が構える。

 セットポジションで陸雄が投げ込む。


(次の球は―――まず、これ!)


 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 張元がスイングする。


「ボール球じゃない! なら―――俺っち的に当てるはず―――!」


 だが―――。

 ―――打者手前でボールが右に曲がりながら落ちる。

 張元がバットを上に空振りする。

 ハインのミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに121キロの球速が表示される。

 ハインが返球する。

 

(リクオ―――ここからだ―――!)


 陸雄がキャッチする。

 張元が構え直す。

 その瞬間―――。

 すぐに陸雄がセットポジションで投げ込む。


「早い! ―――ノーサインかよ!」


 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 驚いた張元がややタイミングが遅れて、フルスイングする。


「またカーブだろ! 同じコースに続投させるとは血迷ったな!」


 だが、ボールは高めのまま変化しない―――。

 カーブを想定した張元が―――そのまま下にスイングする。 

 高めのボールをハインがミットで収める。


「―――ストライク! バッターアウト! ―――チェンジ!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに122キロの球速が表示される。


(リクオ。よく球速を前と同じで維持できた―――)


 返球して、ハインが立ち上がる。


(ハインの奴―――。ワザと同じコースでカーブと同じ球速でストレートを投げさせたな。早めの投球でカーブと思わせる良いリードだぜ!)


 陸雄が捕球して、そう理解する。

 そのままボールをマウンドに置く。

 三塁の真伊已が驚く。


「ほう―――張元さんをここに来て、三球三振で抑えましたか―――」


 張元が悔しがって、打席をまだ出ない。


「俺っちがこのイニングで負けるとは―――! くっそー! すまない―――ハインきゅん! 君の愛のために、打てなかった」


 ハインが立ち上がって、ベンチに走る。


「リードしたのハインじゃん。そもそも何相手に謝ってんだ? ハイン無視してるし―――あいつ変な奴だな」


 陸雄がベンチに戻っていく。

 星川が九衛と目を合わせる。


「張元さんのアレって―――利敵行為になるんですかね?」 


 星川が苦笑して、そう話す。


「遅延行為だな。打席離れるの今頃だし―――」


 九衛が呆れ顔で張元を見る。


「何見てんだ―――この野郎! 俺っちのプレイは見ものじゃねーぞ!」


 張元が九衛達を睨む―――。


「なんか可哀想に見えてきましたね」


「星川君―――次のイニングで攻撃はいるから、気にせずにシカトしよう」


 張元が打席からベンチに戻っていく。

 少しだけ目が潤んでいた。

 真伊已が既にベンチに着き―――グローブを着ける。


(肩と肘に指が少しきつくなってきたな。パームボールの投げすぎか……そして登板して七回だからか?)


 真伊已が軽く肩と肘を回す。


「真伊已―――一番のハインまでは回させなければ次のイニングは無失点で終わる。頼んだぞ!」


 監督がそう言って、真伊已に念を入れて―――肩をたたく。


「パームボールは星川だけ一回使え。それからは出来るだけひじを痛めないように抑えていけ―――」


「―――解っています。3点差は遠いようで近い―――抑えて、岸田陸雄を上位打線で攻略しましょう」


 真伊已の言葉と共に―――チームの士気が上がる。

 七回表は11対14―――。

 大森高校の優勢で終わる。




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