第280話

 中野監督がサインを送る。


(やっぱり中野も同じこと考えてたか―――セーフティバントやるしかねーもんな。投手以外の走り込みもその為だしな)


 灰田がヘルメットに指を当てる。

 真伊已がグローブで顔をした半分隠して、表情を見せない。

 捕手がその間にサインを送る。

 真伊已が少し間を置いて、頷く。

 塁にいる陸雄と星川がリードを取っていく。

 真伊已がセットポジションに入る。

 指先からボールが離れる。

 その瞬間に―――。

 陸雄と星川が走る。

 灰田がバントの構えを取る。

 外角高めにボールが飛んでいく。


(これは―――!)


 灰田の眉が動く。

 ストレートではなく―――縦に揺れるパームボール。

 

「くそっ! カーブかストレートじゃねぇのかよ!」


 灰田がバットにボールを当てようとする。

 高めに投げ出されるような錯覚でバットを上げる。

 揺れるようにボールは打者手前で縦に落ちる。


「―――いっ!?」


 灰田が声を漏らす。

 バットの軸の中心と先端の間の上部にボールが当たる。


「やっちまった! 陸雄! 星川! 戻れ!」


 灰田の声と共に二人のランナーはライナーバックする。

 浮き上がったボールは捕手の方向に落ちていく。

 捕手がミットをすぐに構えて、捕球する。


「―――アウト!」


 審判が宣言する。

 捕手が一塁に送球する。

 星川が一塁にスライディングで塁に触れる。

 ファーストのグローブにボールが入る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。


「あ、危なかったです。最悪の事態にはなりませんでしたね」


 星川が立ち上がる。

 二塁に戻った陸雄もホッとする。


(灰田が打ち上げるとはな。パームボールをここにきて投げてきたか―――ツーアウトか)


 次の打席から点が取れないと思ったのか、陸雄がガックリと肩を落とす。


(坂崎には悪いが―――九番がアレじゃあ取れる点も取れないな)


 そんなことを思いながら、陸雄が打席を見る。

 捕手が返球して、真伊已がキャッチする。

 


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