第255話


(二回表だ。交代があるとは言え、一巡回ったこの一番打者に手の内をあまり見せたくない。トモヤ―――耐えてくれ)


 灰田が頷いて、投球モーションに入る。

 張元がジッと観察する。

 灰田の指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛んでいく。


「やはり―――そう来たか―――!」


 張元がタイミングを合わせて、スイングする。

 バットの芯にボールが当たる。


「マジかよ―――打たれた!」


 灰田の言葉が漏れ―――金属音とともに消されていく。

 ボールが左中間を抜ける。

 張元がバットを捨てて、一塁に向かって走る。

 ボールは左中間のやや真ん中上にバウンドする。


「レンジ! ふたつだ! レフトもフォローを!」


 ハインが立ち上がって、大声で指示する。


(金髪の野郎。わざと打たせやがったな! ったく!)


 錦がボールを捕る前にセンター寄りに転がるボールを九衛が捕る。

 張元が一塁を蹴り上げる。

 九衛が送球体制に入る。

 張元が一、二塁間の中間を走る。


(間に合わねぇが、このまま三塁打は勘弁だぜ!)


 九衛が送球する。

 陸雄が二塁を踏んで、捕球体制に入る。


「ラヴの神様っ! ハインきゅんのために愛のパワーを下さい!」


 大声で張元が二塁にスライディングする。

 陸雄のグローブに九衛のボールが捕球される。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 歓声が上がる。


「あぁ~! 打たれちまった。しかも俺のストレートを初球打ちでツーベースヒットかよ……」


 灰田ががっくりと項垂れる。

 ハインが座り込む。


(トモヤ。この場面で変化球に頼らせては先の展開で苦戦が続くだろう―――相手の一番打者に得意コースで投げさせて、ボールの情報の仕事を減らした。それだけでも十分だ)


「灰田。ドンマイドンマイ! 長ければ長いほど打たれない投手ってのは居ないんだ!」


 陸雄がそう言って、送球する。

 灰田が無言でキャッチする。


(同点の場面だぜ。ワンアウトとはいえ、逆転のランナーが二塁に出ちまってるんだぜ。陸雄。んな、悠長なこと言ってられんのかよ)


 星川が続いて声を出す。


「灰田君。切り替えて、次行きましょう!」


 灰田が黙り込んで、ハインを見る。


(切り替えるか―――しゃーねぇな。俺が抑えればここは同点で終われる……)


「ふ、ファイトー……」


 サードの坂崎が控えめに声を出す。


(おっと、坂崎にまで気を遣っちまったか……声出さねーとな)


 灰田が打席を見る前に、後ろを向いたまま声を出す。


「デッドボールはしねぇから安心しとけ! しまっていくぞー!」


「チンピラ野郎! 大差で点取れらても、俺様達が取り返してやる。炎上上等で行け! 十点差でも勝ってやるよ!」


 聞こえていたのかセンターの九衛が大声で返す。


「あの強面野郎―――全然こっちの気持ち考えねぇなぁ……」


 灰田が冷や汗を流しながら、ボソリとそう言う。


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