第254話

(トモヤはストレートに関してのみ球速を少しだけ遅くすれば、このコースにも投げ込めるか―――サインのコースより上に飛んだが、上出来か)


 ハインが返球する。

 灰田がキャッチする。


「灰田。ツーストライクだ。落ち着いて行けよー!」


 セカンドの陸雄が声を上げる。


「灰田君。ナイスピッチですよー」


 ファーストの星川も続いて声を出す。

 灰田が後ろを見て、少し表情が柔らかくなる。


「おおよ! 打たれても援護頼むぜ!」


 灰田がそう言って、キャッチャーボックスを見る。

 相手の打者が構えなおす。

 ハインがサインを送る。


(随分おっかねぇコース要求すんなぁ。投げるけどよ!)


 灰田が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中に真っ直ぐボールが飛んでいく。


「ど真ん中? 変化球か?」


 相手の打者がやや下にスイングする。

 だが―――ボールは変化せずにハインのミットに収まる。

 相手の打者が空振りする。

 やや真ん中から外れたストレートだった。


「―――ストライク! バッターアウト!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに122キロの球速が表示される。

 三塁側の歓声が上がる。


「三球三振……全部ストレート……」


 灰田が震えながら、声を漏らす。


(トモヤ。このケースは投手にとって気持ちが良いだろう。相手の打者を抑えたいという気持ち―――その喜びを忘れるなよ)


 ハインが返球する。

 灰田がキャッチして、心臓の音が高鳴る。


(これだよ。ピッチャーとしての俺のあの時の気持ち。喜び―――俺は本当に投手として帰ってきたんだ!)


 灰田の顔つきが少しだけ変わる。

 そのオーラは外野手にも伝わってきた。


「金髪の奴。伊達にキャッチャーやってるだけはあるな。チンピラ野郎に投手としての貫禄をこの打席で生まれさせやがった」


 センターの九衛がニヤッとして、マウンドの灰田を見る。


「こりゃ今年も含めて、来年も楽しみだぜ。チェリーに続く投手に育つかもな。その頃には錦先輩がいないのが残念だけど―――」


 そんな九衛の言葉の中で―――ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「淳爛高等学校、一番―――ショート、張元君―――」


 左打席に張元が立つ。

 張元が監督のサインを見て、頷く。

 そしてキャッチャーボックスのハインを見下ろす。


「ハインきゅん。俺っちのヒットで君にかけられた恋の南京錠を―――俺の愛の鍵で解いてあげるよ―――従順になるんだ……俺が愛の支配でリードしてやる」


「…………」


 ハインは黙って、灰田にサインを送る。


「好感度最悪から始まる愛が王道だと教えてあげるよ。ハインきゅん!」


 張元がバットを短く持つ。

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