第249話

 二人の思惑の中で、ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――五番―――ピッチャー、岸田君―――」


 ネクストバッターサークルから右打席に陸雄が移動する。


「こんな時でも清香の料理がまだ胃にくるなぁ。同点の場面だけど、一点くらいは取らないとなぁ」


 中野監督がサインを送る。

 ―――ストレートなら一球目から振って来い。

 陸雄がそのサインにヘルメットに指を当て―――無言で返事をする。


「んじゃあ―――真伊已に舐められないように勝負っすか! 来いッ!」


 陸雄が声を上げる。

 新しいボールを貰った捕手が真伊已に送球する。

 真伊已がボールをキャッチして、構える。


(真伊已、どうする? 五番打者だ。パームボール中心で三球三振で抑えるか?)


 捕手がサインを送る。


(いえ、こいつにはカーブ系とストレートで十分です。一巡回ってから、少しずつ投げていきましょう)


 真伊已が首を振って、右側の肩を軽く回す。

 その投手のサインに捕手は頷いて、別のサインを送る。

 陸雄が構える。

 真伊已が頷いて、セットポジションで投げ込む。


(―――パームボール……来るか!?)


 陸雄がそう持った瞬間―――真伊已の指先からボールが離れる。


(岸田陸雄―――まさか投手が一イニング目から全てを出すとお思いですか―――?)


 真伊已が投げ終わり―――ポーカーフェイスを崩さない。

 真ん中高めにボールが真っ直ぐ飛んでいく。


(ただのストレート? イケる!)


 陸雄がタイミングを合わせて、フルスイングする。

 その瞬間―――胃に痛みが走り、バットが僅かにズレる。


(いってぇ……清香の手料理かぁ―――)


 バットの上部にボールが半分の箇所で当たる。


「うわっ! 変なとこに当たった……」


 ボールが内野フライに飛んでいく。


「威勢がいいのは声だけですか……ランニングコースを変えて正解のレベルの打力ですねぇ―――貴方はとても無様ですよ」


 真伊已が聞こえない程度の声で皮肉を言う。

 口の動きを見ていた陸雄がムッとする。


(こいつ! 今、明らかに俺を下に見やがった! 馬鹿にした事言ったなぁ。くそ~、やっぱ腹立つ野郎だな!)


 そんな中で張元が落下位置に移動し終える、


「よーし、オーライ、オーライ! 俺っちの華麗なフライ処理に女子は喜ぶ!」


 張元が捕球態勢に入る


「あちゃ~。やっちゃたね~。陸雄ガチガチに緊張してたのかな~?」


 松渡がベンチ越しにジッと見て、脱力して目を細める。

 中野監督が考え込む。


(初球ストレート。―――パームボールをしばらくは投げてこない? 後半から組み立てていく気か?)


 中野監督が考え込む中で、ショートの張元がボールを捕球する。


「―――アウト!」


 審判が宣言する。


「サンキュー……ベリマッチ―――!」


 声色を変えた張元がウインクして―――観客席を見る。

 他校の女子の黄色い声援が僅かに響く。


「おっと、送球送球。真伊已―――援護に感謝しろよ」


 張元が真伊已に送球する。


「無駄球を投げずに処理させただけですよ。援護も含めて計算済みです」


 真伊已が涼しい顔でキャッチする。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る