第215話

 夏休みが始まって、放課後練習中の頃。

 投手陣は野手の倍は走らされるので、陸雄と松渡は灰田と一緒に走っていた。

 紫崎から二回戦時の松渡の活躍を聞いて、陸雄は危機感を覚えていた。


(俺って投手として弱いんじゃ……本当にエースなのか……?)


「おい、陸雄」


 灰田がペースを上げて、陸雄の隣を走る。


「どうした? この後のシートノックとか控えてるんだぜ? あんまここで体力使うとバテるぞ」


「いや、お前今回の試合勝ったら他の試合でセカンドもするって―――中野に言われてたよな?」


「ああ、投手同士のローテーションで野手として守るってあれだろ? 散々練習でやって来たし、中学の頃も内野手やってたからヘーキヘーキ」


 そう言って、陸雄は前を走る松渡の背中を見る。


(野手か―――俺ははじめんより投手としての実力がないんだろうか? 他校だったら野手メインになるのかもしれない)


 灰田がそんな陸雄の視線に何かを察したのか、話を続ける。


「お前が内野手やってる時なら、俺とはじめんが投げてるから援護頼むぜ。お前にはお前の―――俺には俺の武器となる投球があるんだしな」


「灰田……。ああ、そうだな! 任せとけって―――はじめんに外野手をやらせる時もあるから俺も守備を含めて、三倍頑張んなきゃならねぇな」


「そうなると陸雄も中野を呼び捨てにする権利があるとは思うんだけどな。それはそうとして、今日はシートノックの後に強面野郎とリボルバーやるから、俄然やる気が出るぜ」


「リボルバーのキャッチャーは誰にすんだよ?」


「ハインははじめんとお前の投球練習やっから、坂崎に頼んだ。中野にも一球勝負だから、すぐに済ませろってさ」


 そうこう言っているうちに三人が走り終える。

 今まで聞いていたのか、松渡が灰田に話す。


「リボルバー負けたら、九衞が灰田にアクエリアスとクリームパン奢るって楽しそうに言ってたよ~」


「マジかよ。はじめんさっきの聞いてのか、逆に奢らせてやる。じゃ、行って来るぜ!」


 灰田がそう言って、九衞と坂崎のいる室内練習場ではない投球場所に走って行く。


「僕もハインと投球練習あるから陸雄は野手としてシートノック行ってきなよ~」


「あ、ああ。じゃあちょっと中野監督のとこに行くわ。水しっかり飲んどけよ」


(灰田に気遣われたけど、投手としての総合力は朝練の前に古川さんが見せたスコアブックを見ても―――明らかだった)


 陸雄は今日の朝練前に古川に頼んでスコアブックを見せてもらった。

 その影響でごまかしきれない実力差に不安を覚えていた。

 陸雄はバットを持った中野監督に近づく。


「岸田。どうかしたか?」


 中野監督が汗まみれの陸雄に尋ねる。


「中野監督。俺、自信が無いんです」


「―――訳を言ってみろ」


 古川も中野監督の傍に寄って来る。

 話に興味があるようだった。


「俺。はじめん……いえ、松渡みたいに強い投手になりたいです。投手として自信のあるピッチングがしたいんです」


 陸雄は真伊已の言っていたことも気にしていた。


「お願いします。球速が一キロ速くなるだけでも良いんです。良いピッチングを教えてください!」


 中野監督がバットを下ろして、一息つく。

 そしてゆっくりと言葉を告げる。


「そりゃ無理な相談だな」


「そんな間髪入れずバッサリ言うことないじゃないですか! 非情っすよ!」


「よく聞け―――良いピッチングってのは、一、二か月でどうにかなるもんじゃない。どうすれば球が思った方向に曲がるか、自分でとことん考え投げるしかない。それが投手の仕事だ」


 隣の古川が沈んでいる陸雄に声をかける。


「私なんて中学で野球してた時は、夢の中までピッチングしてたよ。成長期だから球速は今後伸びていくと思うよ」


「中野監督……古川さん……解りました。引き留めてすいませんでした」


 陸雄はそう言って、帽子を脱いで一礼する。




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