第195話
メンバーがグラウンドにユニフォーム姿で揃う。
練習前に中野監督から良い報告があった。
「テスト期間中に即席だが小型の室内練習場が出来た。雨の日の投球練習に使うように」
メンバーがそれを聞いて、「おおっー!」という歓喜の声を出す。
「じゃあ、もう雨の日は穴の多い屋根だけが残っている。あの地面が土だった旧校舎の体育館の中とかに投げ込まなくて良いんっすね?」
陸雄が解体中の小さくなっている旧校舎を指差す。
その表情は嫌な仕事が完全に無くなったか心配しているようだった。
「まぁ、そういうことになる。この期間であまり雨が降らなかったのは運がいい」
中野監督の言葉で陸雄の顔がパッと晴れやかな笑顔になる。
「やったぜ! ハイン、聞いたかよ? もう天気が小雨の日のドロドロボールを拾わなくて済むぜ?」
陸雄がハインの肩をユサユサと両手で揺らす。
よほど嬉しかったのか、肩を揺らす力が入る。
ハインが無表情で揺れながら話す。
「リクオ。ナカノ監督の話は終わってないから、最後まで聞こう。それと酔うから、揺らすの止めてくれ―――頼む」
「あ、ああ……わりぃ。つい嬉しくて―――すいません」
中野監督がその光景を流して、一息ついて話を続ける。
一年の選手メンバーはクスクスっと笑っていた。
「小型の室内練習場は―――校長に頼んでテスト期間中に業者を使った。即席で作ったから、壊さないように―――」
そう言って、中野監督はバットで小型練習場を指差す。
野球部の更衣室の隣にある目立たない細長いドア付きの狭い個室だった。
「おおー、あれが室内練習場かー。想像してたのと違う」
陸雄がキリンの首の様に細長い個室をまじまじと見る。
灰田が手を上げる。
「中野。質問なんだけど、なんであんな狭い上に風通しの悪い細長い個室作ったんですか? 練習でどちゃくそ使う必要なさげっすよ?」
「朋也様。私が何も考えずにあんな場所を設立すると思うか? 後どっかの競馬ゲームの秘書が使うようなギャル語をさりげなく使うな。似合わんぞ」
「中野監督~。僕にも作った意味が解りません~。あの細長いサイズじゃ人が二人くらいしか入れませんよ~」
中野監督が鼻で笑って、バットで松渡と灰田、そして陸雄の順に向けていく。
「あの個室はお前達投手用の練習用のサイズにしてある。晴れの日も風向きに影響されずにナックルボール用に使う室内練習場だ」
陸雄達がその言葉に驚く。
「マジっすか! そうか、だからあんな中途半端に細長いんだ。確かにあの長さなら投手から捕手の距離ちょうどだ。っつか、ナックルボールでそこまでやる志が凄いっすよ、中野監督! 微妙に金の使い方間違ってる感あるけど!」
「煽るな岸田。最後は余計だ。罰として今日は放課後にグラウンド二週追加な」
「えぇ……! 俺、ハインにスイーツ奢らない罪と合わせて走らされるんっすよ? 再来月の小遣い母さんに前借り出来なっかったし、奢れないからさっきの分含めて走るしかないっすよ?」
「投手が練習で走るのを嫌がってどうする? 九衞を見習え。練習終わりに毎日錦と同じで素振りと同じ距離を走り込んでいる。オーバーワークにならない程度にだ」
そう言って、中野監督は九衞にバットを向ける。
九衞が誇らしげに目を瞑って、口元に笑みを浮かべる。
「まぁ……松渡君ほどでもないですが―――岸田君なりに頑張っているんでしょう。大目に見てくださいよ―――中野監督。彼もあれで一生懸命ですから―――」
九衞がそう言って、ニヤニヤしながら陸雄を見る。
陸雄がムッとして、黙り込む。
(ここぞとばかりに名前呼びで……しかも君付けしやがって! マジで九衞は嫌なやつだなー! 見てろよー、今度の試合でしっかり活躍してやっからな!)
灰田は話を聞いていないのか、横長の個室をジッと見ている。
(中野が頼み込んで作った個室練習場だ。校長にどれだけ頭を下げたんだろう? はじめん仕込みのナックルボール―――完成させなきゃな。雨の日でも投げられるのはありがてぇしな)
中野監督の隣にいる体操着姿の古川マネージャーが話を始める。
「それじゃあ、準備体操と軽い筋トレしながら聞いてね。今日から三回戦の投手対策でその変化球に慣れてもらうために打席練習から入るからね」
全員が準備体操といつも朝練の時と同じ筋トレを始める。
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