第150話


 打者が西晋高校の監督にサインを送る。


「何? 今のはシュートか? あの投手―――まだ変化球があったのか!?」


 ベンチにいる西晋高校の監督が驚く。

 ハインが松渡にシュートを解放したサインを送ったのだった。


「西晋高校―――八番―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 八番打者が打席に立つ。

 一塁にいる戸枝が緊張する。


(もうワンナウトかよ。くっそー。ここで少しでも点を取って差を縮めないといけないのに―――)


 戸枝が監督を見る。

 監督がサインを送る。

 戸枝が頷く。


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 ハインがサインを送る。

 松渡が頷き、投球モーションに入る。

 その時―――。

 戸枝が一塁から走り出す。

 

(盗塁―――!)


 ハイン達が気づいた頃には、松渡の指先からボールが離れていた。

 九衞が二塁を踏んで捕球体勢に入る。

 ボールは外角低めに飛ぶ。

 相手の打者がスイングする。

 バットの軸にボールが当たる。

 カキンッと言う金属音と共にボールがピッチャーライナーに飛ぶ。


「おわっと~!」


 松渡がキャッチする。


「―――アウト!」


 審判が宣言する頃には、松渡が後ろに素早く送球する。


「くっそ! 早いな! 間に合うか!」


 戸枝がニ塁にスライディングする。

 九衞が塁を踏みながら―――足を伸ばし、グローブを前に出す。

 

「あのセカンド。柔らかい体をしている。少しでも距離を縮める気か!」


 盗塁のサインを送った西晋高校の監督が慌てる。

 グローブにボールが入るのと戸枝が二塁にスライディングするのはほぼ同時だった。

 塁審が僅かに黙る。


「―――アウト! チェンジ!」


 塁審が宣言すると―――松渡達が安心する。

 戸枝の盗塁は失敗に終わった。


「ラッキー! 九衞~、ナイスプレイ~!]


 松渡がセカンドの九衞を褒める。

 九衞が体勢を戻して、高笑いする。


「松渡の一球でツーアウトとは随分お得だったな。がっはっはっ!」


 戸枝が二塁から立ち上がって、無言でベンチに戻る。

 拳に力を入れて、歯を食いしばっていた姿をハインが静かに見ていた。

 メンバーがそれぞれベンチに戻る。



「四回裏―――大森高校の攻撃。八番、サード―――坂崎君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 坂崎が右打席に立つ。

 中野監督がサインを送る。


(二球見た後で打て―――わかりました)


 坂崎がヘルメットに指を当てる。

 坂崎がバットを構える。

 捕手がサインを送る。

 ボールを持った戸枝が頷く。

 投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。

 坂崎がボールを見送る。

 ストレートが捕手のミットに収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに115キロの球速が表示される。

 捕手が返球する。

 戸枝がキャッチする。

 

(古川さんの投げるボールに比べれば凄く遅い―――打てるかも)


 坂崎がバットを構える。

 捕手がサインを送る。

 ロージンバッグを握った戸枝が頷いて、マウンドに捨てる。

 投球モーションに入る。

 坂崎がジッと観察する。

 外角高めにボールが飛ぶ。

 ボールが減速しながら打者手前で沈んでいく。

 チェンジアップだった。

 ミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに106キロの球速が表示される。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る