第147話

「灰田~。ごめんね~」


 松渡がネクストバッターサークルからすれ違う灰田に一言添える。


「はじめんが守備で抑えれば、文句ないから気にすんな。しかしツーアウトで満塁じゃあセーフティバントもきついか」


 灰田が左打席に立つ。


「大森高校―――七番―――センター、灰田君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 灰田が中野監督のサインを見る。


(好きに打てか―――中野のやつ、この回での点はもう要らないっていうのかよ? 満塁だぜ?)


 灰田がヘルメットに指を当てる。

 捕手がサインを送る。

 戸枝が頷いて、ロージンバッグを使わずにボールを強く握る。

 少し間をおいて、ワインドアップで投球モーションに入る。

 灰田が観察する。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。


(きわどいコースだな。ボール球になるから迂闊に振れないな)


 灰田がボールを見送る。

 捕手がミットで捕球する。 

 ボール球ギリギリの高いコースのストレートだった。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに113キロの球速が表示される。

 捕手が返球する。

 灰田がバットを肩に近づける。

 戸枝がキャッチして、深呼吸する。


(次何投げっか考えるより、いっちょ内角だけに的を絞ってみっか)


 捕手がサインを送る。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 ややタイミングをズラして、指先からボールが離れる。

 外角の真ん中にボールが飛ぶ。

 灰田がタイミングが合わずに振りそびれる。

 ボールが減速しながら、打者手前で僅かに沈む。

 チェンジアップだった。

 捕手のミットに収まる。


「―――ストライク!」


 スコアボードに106キロの球速が表示される。

 捕手が返球する。

 戸枝がキャッチして、グローブにボールを入れたままロージンバッグを握る。

 灰田がバットに肩を当てたままジッと構える。

 捕手がサインを送る。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。


(ちょっと高い―――誘い球だな)


 灰田が見送る。

 打者手前でボールが左に曲がりながら沈んでいく。

 そのまま捕手のミットに収まる。


(高めのシンカーだぁ!? くっそ! 釣られたぜ)


「―――ストライク! バッターアウト! チェンジ!」


 球審が宣言する。

 戸枝が三球三振で決める。

 残塁していたランナー達が灰田同様にベンチに戻っていく。

 三回裏がここで終わった―――。



 四回表が始まる前の時間―――。

 陸雄が入院している病院で看護婦がやって来る。

 病室に入った看護婦がベッドにいるに陸雄までやって来る。


「岸田さん。投薬の時間ですが、その前に検温しますね」


「あっ、はい。あのテレビ見たいんですが、目の前にあるテレビ、マネーチャージ型のカードタイプみたいで見たくても見れないんですけど―――無料で見れる場所知りませんか?」


 体温計を脇に挟んで、陸雄が看護婦に質問する。


「それでしたら三階の談話室ならカード無しで見れるテレビがありますよ。熱が下がったら、見ても大丈夫です」


「本当ですか!? 投薬前に行ってみて良いですか?」


 体温計が鳴って、陸雄が体温計を看護婦に渡す。


「36度8分ですか、だいぶ下がりましたね。まぁ、先生の話では今日の午後が退院日でもありますし、最後の投薬前に見て来ても良いですよ」


 それを聞いて、陸雄がベッドから出る。


「じゃあ、談話室まで行ってきます」


「投薬の時間になりましたらアナウンスでお知らせしますので、その際は診療室まで来てくださいね」


「はーい!」


 陸雄が病室から出る。

 そのままエレベーターを使わずに階段を上がる。


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