第148話



 階段を上っている間に上から看護婦同士の話し合いの声が聞こえる。


「今日野球のユニフォーム着た子が救急車で運ばれたって話聞いた?」


「ああ、大森高校の学生さんでしょ?」


 階段を上る陸雄が聞き耳を立てる。


(救急車? うちの高校で? 野球部で誰か怪我でもしたのか! まさかハイン達が!?)


 階段を上り終えて、看護婦の話を聞く。


「なんでもすぐに帰されたらしいわよ。予備の湿布だけ貰ってね。迷惑な話よね。わざわざ救急車呼んで、ただの軽い打撲だなんてさ」


 そのまま看護婦の話し声が遠くに行って、聞こえなくなった。


(うーん、ますます試合が気になってきたな。早く談話室行かなきゃ)


 陸雄が階段手前のエレベーターの奥にある部屋に向かう。

 木製の机と椅子が複数並んでいる談話室に着く。

 目当てのテレビの前には何人かの患者らしき姿がある。

 席の面子は中年や初老の男性が多く目立つ。

 奥の受付テーブルには看護婦が書類を書きながら、監視していた。


「はい。CMが終わって、高校野球ニュースの続きです。現在試合している高校は―――」


 アナウンサーらしき声が奥のテレビから流れる。

 陸雄が番組を放映している大きなテレビに移動する。

 そのままテレビ前の机に座る。

 ちょうどローカルテレビで高校野球のニュースをやっていたようだ。

 隣に座っているしわだらけの老人と反対側に座る小学生ほどの女子がテレビを見る。

 女子アナウンサーが今日の兵庫県の高校野球県大会の内容を話す。

 陸雄が座りながら心臓の鼓動が高くなる。


「あっ、ただいま速報が入りました。高砂市民球場での試合でピッチャーの真伊已君率いる淳爛高等学校(じゅんらんこうとうがっこう)がコールド勝ち。見事に三回戦進出を決めました」


 アナウンサーの説明の後で、陸雄がテレビに映った真伊已の横顔を見る。


「あいつは真伊已っ! ……他の球場で勝ったのか」


 テレビのインタビューに涼しい顔で答える真伊已に―――陸雄は苛立ちを覚える。


「くそぉ! 俺はこんなところで何をもたついているんだ!」


 陸雄が悔しがって、テーブルをガンっと叩く。

 小学生の女の子がビックリして、陸雄を見る。

 初老の老人が額をメンマの様にしわくちゃにして、陸雄を睨む。


「おい、兄ちゃん。じゃかじゃかうるさいぞ。テレビはみんなで見とるばってん。そっちのめんこいおなごも泣きそうじゃけぇ。謝らんかいばい」


「あっ、すいません。そっちの君も脅かしてごめんね。ってか、そっちのじいちゃん―――方言混ざりすぎ、何弁だよ……?」


 女の子は泣きそうな顔を手で隠して、コクリと小さく頷いた。

 初老の老人は陸雄を一瞥し、テレビを見て話す。


「おんしゃあ気をつけーや。個室とちゃいまっせ。こっから静かにしいや」


(こりゃ黙ってテレビ見るしかないな。じいちゃんのミックスされた怪しすぎる方言に突っ込んでる場合じゃねぇし―――)


 アナウンサーが話を続ける。


「現在―――他の兵庫球場で試合をしている高校を見て見ましょう。大森高校と西晋高校の試合は四回表が始まったばかりですね。サードの大城君が怪我をして、控えの坂崎君に交代するようです」


 その言葉に陸雄が驚く。

 試合中継の映像が流れる。

 坂崎がサードに向かって走っている。


(坂崎! 坂崎が試合に出てるのか? 点差は9対2か。ふぅ……今のところ勝ってるみたいだな)


 陸雄が安心して、肩の力を抜く。

 西晋高校の打者に戸枝の名前が下の白枠に表示される。


(えっ! あいつって、あの戸枝じゃないか! うわぁ―――懐かしい。昔より背が伸びてるし、試合したかったなぁ)


 その時―――机の上に置かれていたリモコンを隣の女の子が変える。

 試合の映像から別の番組に映像が切り替わる。


「あっ! ちょっと君! 勝手にチャンネル変えちゃダメだよ!」


 陸雄が注意するが女の子はリモコンを握ったままだ。


「わたし、この番組が見たいのー。やきうちゅまんない」


 変えたチャンネルには魔法少女物の番組が始まるアイキャッチが流れる。

 初老の老人が嬉しそうに女の子に話す。


「よかよ。よかよ。めんこい娘じゃのう! そこの看護婦さん。チャンネル変えてもらってもええかの?」


 奥の看護婦に老人が大きめの声で質問すると看護婦が立ち上がる。


「はーい。良いですよー。静かに見てくださいね」


 陸雄がガタッと立ち上がる。


「ちょっと! 俺はさっきの試合を見たいんですが? もしもし? おじいちゃん聞いてるの?」


 初老の老人は無視して、囲碁の本を取り出す。

 テレビ番組でCМが流れていく。


『碧木ケンジが送るあの一人称ライトノベルがいよいよテレビで放映! 「料理以外才能がない俺が異世界の食堂で働いた場合」今日午後六時放映開始だぞ! 三人称ダーク異能バトルライトノベルの「埼玉一自信のない秀才高校生」もよろしく!』


「いやいやいや、異世界とか異能とか別にどうでも良いから俺らの高校の試合を見せてくれよ! 看護婦さん、チャンネル変えてください! お願いします! この通り!」


 陸雄が声を上げて、看護婦の方向に手を合わせる。

 看護婦は座りながら、返答する。


「他の患者さんの迷惑になりますので談話室ではお静かに」


「いや、ですが…………!」


 陸雄の隣に座っていた女の子が泣き出す。


「えーん! えーん! こっちの番組が見たいのー!」


「若いの―――おなごを泣かすとは罰当たりばい。おんしゃあ、地獄に落ちて死神に鎌を胸で刺されるじゃけぇ」


 囲碁の本を読むのを中断した老人が嫌悪を込めた表情で注意する。


「いや、おじいちゃん。具体的かつ俺が忘れかけてた悪夢を思い出せるの止めてくれない? さりげなく熊本弁と土佐弁ミックスすんなし……」


 その瞬間放送アナウンスが流れる。


「岸田陸雄さーん。投薬の時間ですので、至急診察室まで来てください」


(うわぁ、グドグドなタイミングで呼び出し流れたなぁ。飲み終わって安静してからじゃ、母さんが来て退院しちまうなぁ)


 陸雄が椅子から離れて、談話室を出て行く。




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