第137話


「デッドボールで8点目の追加点か―――今俺様がホームベースを踏むのは流石に不味いか」


 三塁の九衞が顎を掻く。

 ネクストバッターサークルにいた駒島が手を合わせる。


「宮古島の勇者、大城よ。その犠牲をワシは無駄にはせんぞ。南無ぅー」


「おい! 長野のキモデブ。ベンチに戻って、冷やしタオルか湿布くらい持ってこい!」


 ベンチの階段を降りた灰田が怒鳴る。


「ワシは大城の仇を取るために打席に立たなくてはいけない。適材適所だ、任せたぞ」


 駒島がカッコを付けているのか背中を見せて、話す。

 どこか自分に酔っているのか、昼の空を見上げて黄昏れるように目を細める。

 そして動こうともしなかった。


「痛キモいんだよっ!」


 灰田が怒鳴り、イライラしながら大城をベンチに下ろす。

 女医が包帯などを取り出す。

 中野監督が女医に頭を下げる。


「すいません。ウチの選手の治療をお願いします」


「はいっ、血は出てないみたいですね。内出血が無いかも診ますね」


「メンソーレ! 救急車を呼んでくれサー! 入院レベルの痛みサー」


 大城がジタバタする中―――女医が診察する。


「―――ただの打撲みたいですね。患部を冷やした後に湿布を貼っておきます」


 中野監督がホッとする。


「解りました。ありがとうございます」


 中野監督が審判に向かって、歩いていく。


「すみません。選手の交代をお願いします―――」


「わかりました―――」


 中野監督と審判とのやり取りの一方―――。

 応急処置が終わった大城がベンチ内でジタバタする。


「メンソーレ! 救急車を今すぐ呼ぶサー。選手生命に関わる事態サー」


 無表情な古川が女医に話す。


「すみません。救急車呼んでください。このまま暴れると余計な怪我をしそうなので―――」


「わかりました―――念のため呼びましょう」


 女医が苦笑したのか、スタッフに電話で頼む。


「メンソーレ! 付き添いも来いサー! 一人は嫌サー! 担架で運ぶんだサー!」


「ええっ……!?」


 二年達が声を上げて戸惑う。

 やがて、顔を合わせてじゃんけんを始めた。

 どうやら負けた人が付き添うことに暗黙の了解でなったらしい。

 松渡が微妙な困惑顔をし、灰田がため息をつく。


「はぁー……俺どこから突っ込んでいいか解らなくなったぜ。介護の闇を知った気分だ」


「まぁ~、何だかんだで点は入れてくれたから―――良いんじゃない~?」


「灰田君―――ご愁傷様。ベンチで松渡君と一緒に休んでてね」


 古川のねぎらいの言葉で灰田が席に座る。



 会場が騒ぐ中で、放送が流れる。


「大森高校―――選手の交代をお知らせします。サード大城君に代わって―――坂崎君」


 ウグイス嬢のアナウンスで試合が再開される。

 一塁に坂崎がランニングしてやって来る。

 その間に九衞がホームベースを踏む。

 大森高校に8点目が入る。


「ヒットで踏むならガッツポーズだが、流石にデッドボールじゃあ出来んなぁ。別の意味でガッツポーズしたいが、俺様は聖人君子なのであえてしない」


 錦が無言で三塁を踏む。

 星川が二塁を踏み、坂崎に声をかける。


「坂崎君。緊張することないですよ。練習を本番、本番を練習と思ってプレイしてください」


「う、うん。あ、ありがとう星川君。が、頑張るよ!」


 坂崎が一塁を踏む。

 大城はじゃんけんで負けた二年と一緒に付き添いで救急車で運ばれた。


「試合再開します―――大森高校、九番―――ライト、駒島君」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 戸枝がロージンバッグを何度か握る。


(戸枝、ここは直球中心で組み立てるぞ。球速はこの打者相手なら落ちても良いからストライク狙いで投げ込め)


 捕手がサインを送る。

 戸枝がぎこちなく頷く。

 駒島がバットを高く上げる。


「亡き友、大城の為にこのワシが渾身の一打を放ってやろう! さぁ、来るが良い!」


 ゆっくりとバットを構える。

 戸枝がセットポジションで投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。

 駒島が見逃す。

 ボールがミットに入る。

 やや遅めのストレートだった。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに103キロの球速が表示される。


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