第99話




 陸雄が清香に夜中まで、勉強を教わっている頃。

 一通り勉強を終えた灰田は布団で寝ていた。

 星川達は既に帰っており、灰田は新作映画はまた今度見ることにしたらしい。

 灰田は布団の中でうなされていた。

 悪夢にうなされているのか、汗がびっしょりと流れている。

 夢の中で灰田の父親の言葉が聞こえる。


「お前はもう九州では居場所がない。新しい場所で一からやり直し自己責任を覚えなさい」


 灰田が中学の野球部で、暴力事件を起こしたメンバーの声が暗闇の中で聞こえる。


「お前なんか居ない方がチームがずっと良くなる。降板しろ」


「っ!?」


 ガバッと布団から起き上がる。

 顔から汗がびっしょりと流れていた。


「また、あの夢か―――トラウマになってんな。何度目の悪夢だつーの」


 犬の鳴き声が聞こえる夜中に、布団から出る。


(明日は親父に電話の報告か―――ったく、今時スマホでのツール無しの通話って何だよ。電話代かかるつーの)


 灰田がスマホをじっと見る。


「親父の奴……俺が野球始めた事を言ったら、何も言わなかったな……」


 スマホに向かって、無気力そうにぼやく。

 灰田は二度寝が出来ないのか、冷蔵庫からイチゴオレを取り出す。

 ゴクゴクとそれを飲んで、電気を付けてテスト勉強した。



 次の日の朝。

 陸雄はテーブルの上で寝ていた。

 周りには教科書やノートが散らばっている。

 清香の内心怒っている徹夜での教えで寝落ちしていたようだ。

 肩には毛布が添えられている。

 毛布が落ちて、陸雄が目を覚ます。


「あー、朝か……わりぃ、清香。内容覚えたから―――って! 朝っ!?」


 陸雄が目を完全に覚まして、立ち上がる。

 毛布がドサリッと落ちる。

 破いたノートに何か丸い可愛らしいコロコロした文字で何か書かれている。


『途中で寝ちゃったみたいだから、帰るね。モテモテの陸雄』


「えっ? 清香さん? 清香さぁーん!?」


 動揺したのか、部屋でバタバタとスポーツバックに科目を詰め込む。

 最後にスマホで時間を見てフリーズする。


「マジかよ! 朝練サボってる! 急がないと殺される!」


 ユニフォームは乾燥機に入れていたのを思い出し、ドタドタッと階段を降りていく。

 キッチンから母親の声が聞こえる。


「陸雄ー。起きたのー? 中野監督って人から電話来てたわよー? 怪我でもしたのかって心配そうにしてたわ」


 陸雄が乾燥機から乾いたユニフォームをスポーツバックに乱雑に入れる。

 スパイクとグローブもバッグに袋に詰め込んで入れる。


「中野監督がっ!? 母さん、気の利いた言い訳したの? 実は登校中に川で溺れている犬を助けて、今警察に聴取されてるとかさ? 明日表彰されるとか、そう言う系の―――」


「ううん。なんか今寝てるって言ってたら、凄い落ち着いた優しい声で『今日の朝練に遅刻しても来ないなら、陸雄君はスタメンから落としますね。しばらく練習で地獄を彼に与えますから、これからは生きて帰れないぞって、伝えておいて下さい』って言ってたわよ」


 陸雄が恐怖を感じたのか、ゾッとする。


「おいぃー!! それって、モロに監督の逆鱗に触れてるじゃねーかっ!? お母さん! 朝ご飯は良いから―――中野監督にすぐに行きますので、スタメン落ちは絶対無しにして下さいお願いします―――って、連絡入れておいてくれ」


 陸雄が急いで制服に着替える。


「ああ、それなら中野監督から『もし陸雄君が言い訳して、そのまま慌てて登校するなら―――トラック事故でもしてラノベみたいに異世界転生するよりも、現実世界で死よりも厳しい罰を与える。そう伝えておいて下さい』って言って電話切ったわよ。じゃあ、言い訳も含めて電話しとくわね」


「流石は元高校野球四強の一つの名将っ! 見事に俺の行動が先読みされてんじゃん! ってか、異世界転生しないし、現実ですさまじい罰受ける事確定じゃん! あの人は一秒単位で罰を厳しくする鬼監督だぞ! つーか、さりげなく最後に報告すんなよ!」


 玄関に飛び出して、靴を履く。

 後ろからキッチン越しの母親の声が聞こえる。


「あと、昨日の夜に清香ちゃん怒ってたわよ。人の気持ちが分からない子にチームと一緒に練習出来るの? 来月のお小遣い減らすからね」


「くっ! 泣きっ面に蜂じゃねーか! 今の俺、四面楚歌じゃん! ああ、もう! 行ってきまーす!」


「まったく……ほら、急ぎなさいな」


 陸雄は制服姿でダッシュで登校する。


「さてと中野監督に電話しなきゃね。あーあ、今日は朝ごはん無しねぇ。仕方ないから冷蔵庫に入れて、帰ったら電子レンジで温めて食べさせるしかないわね」


 母親がそう言って、大盛りの牛肉カレーをサランラップで包んで冷蔵庫に入れる。



 朝練が始まって、五十分後―――。

 学校に着いた陸雄は、走ったまま校門に向かう。


「清香の奴 ほっとくことないのに!」


 校門を抜ける。


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