第88話
「金髪の言う通りだぜ。中野監督も言ってたじゃんか。練習の後にチンピラ野郎が素振りとランニングにタオル投球してた時あったろ?」
九衞の言葉で、星川が五月頃の練習の事を思い出していた。
灰田が―――ブランクがある分、他の奴らより練習しないと追いつけない―――と練習に熱を入れていた時期があった。
グラウンドで練習をしていた灰田を中野監督を見つけた時だった。
メンバー達も星川と九衞以外着替えが終わっていない時期に―――それを見ていた。
その時の中野監督の言葉を思い出していた。
『私のメニューに不服を立てるつもりか? 安心しろ。お前達は今後伸びていく。それを刹那的な猛練習で体を壊しては台無しだ。監督命令だ、従え』
「今度から居残り練習を許可なくしたら、試合には出さない。いいな? って言ってましたもんね」
星川がはにかむ。
「フッ、他ならぬ元強豪校の監督の言葉だからな。誰かさんもオーバーワークをしようとしたのを釘差した良い言葉だったな」
陸雄と坂崎が紫崎の言葉にギクッとする。
「し、紫崎君。ぼ、僕は一度もオーバーワークしてないよ」
「フッ、誰とは言ってなかったがな。だが、まぬけは見つかったようだな」
「し、紫崎君って、人狼とか強そうだよね」
図星だった坂崎が話を逸らす。
(なんで錦先輩がプロ野球選手を目指さないのか、この雰囲気で言えるわけないか)
そう思った陸雄が鞄をギュっと握る。
それを見ていた灰田が同じことを思ったのか顔を逸らす。
「みんな~。早く帰って休みなよ~。休むことも練習なんだよ~」
松渡の言葉で一年メンバー達が移動する。
「ああ、わりぃ。じゃあ錦先輩。俺らはこれで失礼します。みんな行こうぜ!」
陸雄がそう言って、立ち止まったメンバーを歩かせる。
「それじゃあ錦先輩。また明日!」
星川がそう言うとメンバーを連れて、ソロゾロと移動する。
「うん。お疲れ様」
メンバーが雑談しながら、校門を抜けていく。
錦は更衣室に向かう。
一回戦を突破したことを思い出し、拳を強く握る。
(今日の試合で解った。彼らとなら試合で修達と当たって―――全国でやり合えるかもしれない)
錦は夜空を見上げ―――肩の力を抜いた。
彼は理解していた。
高校野球での最大の敵は一校だけだと―――。
※
一年達が通学路から駅前に向かって、雑談しながら移動する。
「そういやさ。次の対戦相手って誰なんだ?」
陸雄がメンバー全員に聞く。
隣を歩いている坂崎がスマホの画面を見せる。
「こ、ここの西晋高校(せいしんこうこう)野球部だよ」
陸雄はそう言った坂崎のスマホを覗き込む。
「へぇー。どれどれ? ああ、抽選会の時に聞いたことあるような―――無いような」
「陸雄。お前、そん時しっかり聞いてただろ? つーか古川マネージャーが今日の練習後にグループコミュニティにメッセージ送ってんだから、自分のスマホで見ろよ。傍から見たら恥ずかしいぞ」
灰田が呆れ顔で、坂崎と反対方向の陸雄の隣をスタスタ歩く。
「悪い悪い。今日の一回戦が一番印象に残っててさ。次の相手すっかり忘れてた」
陸雄はにやけ顔で後ろ髪を掻きあげる。
(こいつ、めっちゃ失礼な奴だな。普通次の対戦相手校のこと忘れるかぁ? ナチュラルに酷いじゃねーか。まぁ、俺も暴力事件で野球部に迷惑かけちまったから言えた義理じゃねーけどよぉ)
灰田が両手をポケットに突っ込んで顔を背ける。
陸雄達の前を歩いているハインが顔を向けずにゆっくりと話す。
「相手のキャプテンはリクオと俺の知り合いだ」
「え? マジで? ハイン教えてくれよー」
陸雄の後ろを歩いている星川が代わりに答える。
「二年生の戸枝剛(とぐさつよし)君ですよ。中野監督とマネージャーの話じゃ、サウスポーらしいですよ」
陸雄が足を止めて、星川の方向に振り向く。
「えっ! 戸枝って、あの少年野球の頃に公式試合したあの戸枝!?」
「えっと、僕はその時はその場にいませんから、その戸枝さんかどうか解らないんですけど―――あはは……」
困り顔の星川が先に歩いていくハイン達を指差して、陸雄を前に歩かせる。
陸雄の前を歩いている紫崎が顔を向けずに楽しそうに話す。
「フッ、俺もその戸枝と公式試合をした事があるぞ」
「―――紫崎。それいつ情報だ? ポジションとか解るか?」
同じく陸雄の前を歩いていた九衞が隣の紫崎に顔を向けて話す。
前方は真ん中に紫崎、右に九衞、左側にハインが歩いている。
ハインと九衞は相変わらず仲があまり良くなかった。
星川と一緒に最後尾を歩いている松渡が苦笑いする。
(敢えてハインに聞かないのはワザとか天然なのか困る対応だな~。まー、僕も九衞も県外の外国人選手だから聞いておこうかな~。文字だけの情報より実践経験者の意見の方が説得力あることもあるし~)
松渡が前方の三人の背中を見る。
歩きながら紫崎が話し始める。
「俺の時はシニア時代だ。その時の戸枝のポジションは投手。中継ぎで、五回表から六回までの二回までしか投げていない。俺が中学二年の時だから二年前だ」
「ほーん。二年前じゃあ、今とだいぶ違って来るな。今度の試合の時は新しい変化球も一つくれぇは覚えてる頃だろうな」
九衞が両腕を頭に回して、夜空を見上げる。
その九衞を見て、紫崎が楽しげに見る。
(フッ、打者として挑みたい―――と思っているな。俺はあいつと一打席だけしか相手に出来なかったな。当時の監督の指示でバントだったから、あの時の俺も打ちたいっという気持ちを思い出してしまう)
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