第87話
「ハジメの比較は一理あるが、相手の選手を見方によっては軽蔑するような発言はあまり良くない」
「灰田に事実とやる気を与えているんだよ~。解ってるって~。今日の相手のカットボールは一日で習得できるものじゃない―――僕らと同じ努力で身につけたんだしね~」
「ハイン、はじめん。日が沈むころだから、そろそろ仕上げにナックルボールを投げるぜ!」
「おっけ~。指痛めたらすぐに言うんだよ~。じゃあ握り方の確認とフォームの動作シュミレーションから入るよ~」
松渡の言葉にハインがミットを構える。
(トモヤのナックルボールはハジメのナックルと差別化は出来ない。ナックルはナックルカーブも含めて、不規則だからな。俺がパスボールしなければ強力な投手の武器となる。風向き次第で使えるかどうかといった要素もあるが、こればかりはオレにもどうにもならないしな)
灰田がナックルボールの握り方を見せて、投球の動作をゆっくりと投げずに見せる。
「ちょっと腕が上がり気味かな~。もうちょっと下げてみなよ~」
「お、おう。もっかいやるぜ。こ、こーんな感じか? どう?」
ハインは座り込んだまま二人の様子を見る。
「いいねぇ~。前より硬さが取れて来てるよ~。じゃあ、そろそろ投げてみようか~」
灰田に手取り足取り教える松渡と投手時代を思い出したのか―――微笑する灰田を眺める。
ハインが聞こえないようにぼそりと呟く。
「ハジメとトモヤ。ハイスクールでリクオ以外で二ホンのピッチャーとバッテリーを組むのが三人だけとはな。これがベースボールライフの最後、か―――」
マスク越しの頬に風がフッと吹く感触が伝わる。
「これからも勝ちたいものだな。そのつもりでリードさせるが……」
松渡が灰田から少し離れる。
ナックル投球開始の合図と知り、ハインがミットを構える。
「おーし! ハイン。投げるからサインも含めて捕球頼むぜ!」
「トモヤ。今日も十球だけだ―――来い」
ハインがナックルのサインを出すと灰田が投球モーションに入る。
灰田が投げ込むのと同じタイミングで、中野監督のシートノック音が空に響く。
※
トンボを持った私服の二年達が無言でやってくる。
「よーし! 今日の練習はここまで!」
「「ありがとうございました!」」
一年達と錦が帽子を脱いで一礼する。
辺りはグラウンド照明が付く暗い夜になっていた。
トンボでグランド整備をする無言の二年生達。
錦だけが帽子を脱いで頭を下げる。
それを見ていた二年達が気づく。
彼らは直ぐに顔を背けて、俯きながら作業を早める。
彼らにも解っていた。
あまり遅いと錦も監督に頼んで、自身もグラウンド整備に参加をするだろう―――と。
だが、錦は中野監督から体を休めるために他の事は彼らに任せろっと、事前に指示されている。
それとは知らずに着替えに行く陸雄達。
錦は整備作業が早くなった彼らを見て、察したのか―――寂しそうに背中を向けた。
二年達は今まで練習をしなかった罪悪感に多少なりとも生まれた。
だが、挽回しようにもどうしようもない現実だけが残っている。
この場から早めに去りたくて、二年達はグラウンド整備を早めた。
(駒島のキモデブと大城の沖縄カス野郎は今頃家で動画か、エロゲーか―――くそっ! あんな俺らより屑なやつが試合に出れて、俺らが出れないんじゃ―――!)
トンボを持った一人が顔をしかめる。
その人物は―――かつて四月に陸雄と灰田に一年のメンバーが揃えれば、今年廃部にならず野球が出来るっと言った男だった。
(いや、もういい。これが終わったら家で勉強して忘れよう。これは錦さんの力になれなかった俺らの罪滅ぼしだ)
古川と中野監督と途中から来た鉄山先生は二百球のボール磨きを行う。
泥だらけのユニフォーム姿の錦が、せめて今日くらい球磨きをしたいと申し出た。
しかし中野監督から、次の試合の為に家に帰って体を休めろっと言われ―――渋々更衣室に向かった。
錦が更衣室に向かう途中で、早めに着替え終わった陸雄達と合流する。
「錦先輩。俺らと一緒に帰りませんか? 着替えくらい待ちますよ」
九衞が利き腕とは反対側の肩でスポーツバッグを背負って話す。
「ゴメン、お母さんがいつも車で迎えに来てくれるから、一緒には帰れないよ」
錦がいたたまれない表情で答える。
「錦先輩って、朝も車で通学しているんですか? 朝練の時って、いつも一番乗りですよね?」
星川が興味ありげに質問する。
「帰りだけだよ。朝は練習前に準備体操と素振りと筋トレをしているくらいだから」
星川が「おおっー」っと驚く。
「あんなきつい朝練前に素振りと筋トレするんですね。参考にしておきます!」
「フッ、星川―――錦先輩と同じ練習方法で朝練と放課後練習に臨んだら、体が試合前に持たないぞ」
紫崎の言葉で想像したのか、星川が冷や汗を垂らす。
「ハジメ。次の試合が近いから焦る気持ちは分かるが、オーバーワークは良くない。今日は休め」
ハインが星川の肩に手を置く。
「ハイン君……」
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