第53話
「なぁ、星川。一回戦はどこと当たんだ?」
「古川さんが言っていた高天原高校(たかまがはらこうこう)ですよ。僕らと同じ一年の……」
「俺らの力を見せるにはうってつけの相手じゃん! それでさ、兵庫四強のトップの―――乾のいる高校とはどこで当たるんだ?」
興奮する陸雄をハインが静める。
「クールになれ、リクオ。ボードを見ろ。ジョウとはお互い勝ち続ければ、決勝で当たる」
クジを引き終えた乾が、ホールの席の選手たちを見る。
乾がハインと紫崎、そして陸雄を見つける。
「乾と決勝戦―――」
心臓が高鳴る陸雄。
そして階段を降りた乾と眼が合う。
(そうか―――お前らは同じ高校だったか、ついにここまで来たか―――陸雄!)
乾と陸雄が遠くから目が合う。
(乾―――俺は高校野球で、真剣に勝負が出来るんだよな? 乾が夢で描いた甲子園に、勝ったら俺も行けるんだよな?)
興奮と不安と期待の入り混じった複雑な表情をする陸雄。
それを見た乾が不敵に笑う。
(クジの順番なら決勝で当たるな。果たして上がって来れるかな?)
陸雄が肩を震え上がらせて、自然と笑みがこぼれる。
(乾―――! 決勝戦で勝負しようぜ!)
その間に紫崎が誰かを探すが、目的の人物は居なかった。
(兄貴はやはり練習か―――高校最後に目を覚まさせてやれるのは今回だけか―――兄貴、勝たせてもらうぜ)
※
抽選会が終わり、選手たちが出入り口から出て行く。
乾が陸雄達を見て、手を振り去っていく。
お互いに言葉は要らなかった。
(乾。百の言葉より、一度しかない試合で語ろうぜ! 実力とチームワークを持ってな!)
「岸田―――帰るぞ。明日から練習時間を増やすからな」
「中野監督」
「―――どうした? 震えているぞ?」
「嬉しくって、堪らないんっすよ! 今年は人生で一番熱い夏になりそうだぜ!」
「今日はグラウンド10週じゃ足りないくらい頼もしいな。期待してるぞ一番投手(エース)」
大森高校のメンバーが出入り口に向かう中で、陸雄は一枚のボードを見ていた。
抽選で決まった標語を代表する各高校のトーナメント表だった。
(一回戦で半分の高校が減る。二回戦はさらにその半分―――決勝を過ぎれば兵庫県で残るのは一校だけ!)
陸雄を見ていた古川が声をかける。
「岸田君。練習を本番。本番を練習だと思って、冷静に試合に望んでね」
「―――はいっ! でも試合の先に得る物があるのなら―――どんなドラマになるか楽しみっすよ!」
「甲子園に行こうね」
古川から優しくも内に秘めた強い言葉が伝えられる。
「ええ! 弱小野球部の名誉挽回っといきましょう!」
※
抽選会を終えて、練習が終わった夜。
家に戻った陸雄は食卓に清香がいることに気付く。
「あれ? 今日は母さんって、清香の家に遊びに行ったの?」
「ううん。お風呂に入ってるって―――だから今日のご飯は私のママの夕飯じゃないよー」
陸雄の母親が用事などで不在の時は、清香の母の家で料理を振る舞うことがある。
「そっか。清香のお母さんの作る洋食は上手いんだよなー。ちょっと残念だ。あっ、そっちご飯食べたか? 食べてないなら、ウチの母さんの料理食べてくか?」
「ううん。勉強している途中に呼ばれて、家で食べてきたから大丈夫だよー。昼にスマホでソフトボール部の友達に聞いたけど―――今日は野球の抽選会行ってきたんでしょ?」
清香が食卓机の上で肘をついて、両手を顎に乗せながら興味深げに見ている。
どこか楽しそうだった。
「女子のネットワークは情報早いんだな。ああ、行って来たぜ。すげぇ奴ばっかで、一回戦は同じ一年生の高校だよ」
ニコッと清香は笑顔を見せる。
「そかそかー。それで開会式はいつ頃やるの? どんなことがある訳?」
「中野監督の話だと、俺ら選手の行進が始まって―――終わったら、あの『君が代』が流れるんだ。そんで偉い人が話して―――そっから政府の偉い人とかお祝いの言葉を貰うらしいんだよ」
「陸雄が? 政府の人の祝辞を貰うの? 凄いねー!」
「あのなぁ、俺だけじゃないって―――兵庫中の全高校野球部員に祝辞を述べるんだよ」
「わかってるよー。陸雄もその中の一人って言うのが凄いなぁーって、思ったの。それで、その後どうするの?」
「高校野球連盟の偉い人のお話が終わった後に選手宣誓があって、だいたいそれで終わりかな? 行進除けば一時間くらいかかるんじゃないか?」
「おー、開会式は大変な一日だねー」
清香が眼をキラキラさせる。
身近な人物が大きな出来事に参加するのが、貴重なようだった。
「私見てみたいな―。陸雄がユニフォーム着て、行進するとこ。絶対にぎこちないカクカクした動きだねー♪」
想像したのか清香は楽しそうに口に手を当てて笑う。
「清香は日射病とかダメだろ? ネットやローカルテレビでやってるから、そこで見とけよ」
「え~、リアルタイムで見たいのにー」
「清香は昔から体育とかダメだろ? 観客席で倒れてたら清香のお母さんに申し訳ないって……」
「運動神経と健康は別々だよー」
「観客席の夏とかすげぇ熱くて汗かくんだぜ。脱水起こして倒れたくないだろ? テレビ放送かネット中継で空いた時間に見てろよな?」
「ちぇー、陸雄の高校野球って言う晴れ舞台なのにー」
清香が残念そうに机から立ち上がる。
「冷蔵庫にあるリンゴジュース飲んでも良い?」
「許可なんて取らずに、自分の家だと思って好きに飲めばいいのに……律儀だな。冷蔵庫の奥に清香の好きなチーズケーキあるぞ」
「好きなものだからって勝手に食べちゃダメでしょ?」
清香がそう言いながら、陸雄に近づく。
「ちょっと待ってろよ」
陸雄が玄関前に戻る。
「母さん! 清香にチーズケーキあげても良い?」
大声で奥にある浴室に向かって、話す。
「あら、帰ってたの? 良いわよー。清香ちゃんにあげる予定のケーキだったし―――あんたも私が上がったら、洗濯機にユニフォームとか入れて風呂に入りなさいよ」
「わかったよ! …………だってさ。食べて良いって」
清香が陸雄のおでこに人差し指をちょんと当てる。
「うん! ありがとー♪」
清香は嬉しそうに天真爛漫な笑顔を見せる。
その仕草と表情にドキッとする。
「お、おう!」
「ん? どうしたの?」
不思議がって、清香が顔を近づける。
「い、いや、別に……」
陸雄が手で顔を隠す。
(やべぇ! なんか今の笑顔すげぇ可愛かったな。ってか、なんでそこでハインと古川さんの顔が浮かぶんだ!? ああっ! 練習ずっと一緒だから? そんなんじゃなくて―――ここは清香の笑顔とか素直に喜んどけよ!)
「変な陸雄ー。あっ、もしかして照れてるのー?」
「ち、ちげぇよ! 早くリンゴジュースとチーズケーキ食べとけよ!」
「食べ終わったら勉強教えるから、お風呂入ってご飯早く食べなよー♪」
母親が着替えて、風呂から食卓に移動する。
「陸雄。早くお風呂入りなさい。清香ちゃん待たせちゃダメでしょ」
「わりぃ、じゃあ洗濯物入れて入ってくるわ!」
陸雄が通路に歩いている母親に一礼して、浴室に向かう。
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