第47話

「ごちそうさまでしたー!」


 星川達がスイング練習をする前の時間。

 陸雄は松渡の親族の家で夕飯を食べ終えていた。


「ほほっ、おかわりはええのか?」


「い、いえ。十分ご馳走になったので大丈夫です。はじめ……松渡のお祖母ちゃんさん」


 陸雄は本当はもっと食べるのだが、遠慮していた。

 松渡の祖父が話しかける。


「羊羹も食べてええんじゃぞ?」


「えっ? い、良いんですか?」


「陸雄~。僕を見ながら戸惑わないでよ~」


「あはは、わりぃ。食べても大丈夫ですか?」


「ええんじゃぞ。ワシが取ってこよう」


 松渡の祖父が羊羹を冷蔵庫から取り出そうとすると、松渡一が代わりに取るっと言う。

 そのまま箱から羊羹を取り出し、包丁で切っていく。


「陸雄~。羊羹五個でいい~? これ食べたら僕の部屋で寝なよ。明日五時なんだし~」


「お、おう! ありがとうな。いや~、夕飯の漬物と焼き秋刀魚に汁物とか凄い美味しかったなー。はじ……松渡って料理上手いのな」


「ここであだ名で呼ばないの違和感あるよ~。別にお祖父ちゃん達にはじめん呼びでも構わないのに~」


 松渡が羊羹を切り終えて、皿に載せて食卓に運ぶ。


「さんきゅ! モグッ! んっ、美味いな」


「食べてから部屋に行くのは良いけど、寝袋持ってきたの~?」


「ああ、中学生の時に買ってもらったやつがあるから大丈夫」


「陸雄ちゃん。はじめは学校ではどんな感じじゃ?」


「ああ、はじめんのお祖父ちゃん。はじめんは真面目に勉強してて、野球も真剣にやってますよ」


「そうかそうか―――この子は遠慮する子じゃから、友達が出来たか心配でのぉ」


「お祖父ちゃん~。大丈夫だよ~。ちゃんと学校生活送れてるからさ~。陸雄に質問する事じゃないよ~」


 陸雄は松渡の祖母と祖父と談話する。


「陸雄~。食器片づけるから、部屋に行ってて良いよ~。荷物そこに置いておいてね~」


「おおっ、じゃあお祖母ちゃん方、お先に失礼します」


 松渡の祖母達にお辞儀して、部屋に移動する。


「陸雄ちゃんは元気なええ子じゃのう。野球部でキャプテンでもしてるのかのぉ?」


「ん~、陸雄は僕と同じ一年だけど……キャプテンか~。あの強引さと単純さでは来年成れるかもね~」


 松渡が食器を洗いながら、そう答える

 陸雄は奥にある松渡の部屋の障子を開ける。

 部屋は七畳半の畳み部屋で布団が端っこに敷いてある。

 反対側には机とノートパソコンに教材などが畳んである。


「んっ? これって……」


 窓際に野球部員らしき集合写真と、ハンガーにかけたユニフォームが壁に飾ってあった。


(シニア時代の写真かな? 九衞の話じゃ埼玉の有名強豪チームなんだっけか? そうか―――俺って、そんな凄い投手と一緒に練習してるんだ。それでも中野監督は俺をエースにしてくれた……九月の約束もあるんだろうけど、だけど俺は本当に……)


 考えながら、ぽつりと言葉を漏らす。


「一番投手(エース)の資格があるのかな?」


「陸雄~。お風呂湧いたから先に入って良いよ~。お祖父ちゃん達はいつも最後で長いからさ~」


 ガラッと障子を開けて、松渡が部屋に入ってくる。


「あ、ああっ! 悪い。じゃあ、ジャージと下着持って行ってくるわ。ここから左の通路だっけ?」


「うん~、奥の扉は裏庭だから間違って開けないようにね~。すぐ解るよ~」


 そう言って、松渡は畳に無造作に置いてあるバイク雑誌を読み始める。


「なぁ、はじめん」


「何~? タオルなら浴室の前に置いてあるから、使って良いよ~」


「いや、そうじゃなくて……それもあるけどさ。野球の事で聞きたいんだ」


「…………大した事話せないけど言ってみなよ~」


「エースになるための投手って―――何が必要なんだ?」


 松渡は雑誌を読む手を少しだけ止める。

 やがてバイク雑誌に目を向けたまま、ゆっくりと話す。


「……コントロールが正確な事かな~。後は陸雄に必要なのは―――マウンドでの度胸と気品」


「度胸と気品……」


「そういうのは試合で身についていくから安心しなよ~。早くお風呂入んな~。明日早いんだよ~?」


「―――ああ、じゃあ入ってくる」


 陸雄は寝巻のジャージと下着を持って、浴室に移動する。

 途中ですれ違う祖父母に一礼して、浴室に着く。


(マウンドでの度胸と気品、か。投手が持つオーラみたいなものなのかな? はじめん顔には出して無かったけど、あの言葉には真に迫るものがあったな)


 浴室で裸になり、ボディタオルを持って風呂場に入る。


(埼玉シニアの過去の大会でのベスト2の投手の言葉だから身に染みるな。はじめんは今までどんな野球を経験してきて、その言葉を言えたんだろう?)


 陸雄は湯船につかる。


「俺に度胸と気品がマウンドで付けば、甲子園に行けるのかな? そんな甘い世界じゃないよな? だから甲子園なんだし……」


(今まで漠然としてたけど……甲子園って、一体なんだろう? テレビでしか見たことないけど、あそこには俺の知りたい答えと何かがあるんだよな―――)


「ああ、長風呂は良くないか。はじめんのお祖父ちゃん達が遅くなっちゃうな。いかん、いかん」


 湯船から上がり、ボディタオルにソープを付ける。


(あっ、ウチのと同じシャンプー使ってる。なんか親近感と安心感が生まれたなー。ああ、こういう落ち着きとかもマウンドでは大事だよな)


 陸雄は体をタオルで拭いて、シャンプーで頭をすぐに洗う。




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