第32話

「次っ―――左中間を抜けるヒットを打つ! しっかり連携をとれ! 打つぞ!」


 キーンという爽快な金属音が聞こえる。

 野手達がボールを取りに行く。

 レフトの錦が捕球して、レーザービームのように送球する。

 捕手のハインまでボールの伸びて、ハインがミットでしっかりと捕える。


「すっげぇ! プロ級の速度じゃねぇか? 二秒いってたよな?」


 投手である陸雄はライトポジションで驚く。


「次はどこに当てるかは言わん! 各自備えろ! 打つぞ!」


「おっと! いちいちプレイに驚いてたら隙が生まれるな。野手としての起用があるかもしれない。ライトしっかりやらねぇと!」


 サードにいる坂崎は疲れで、汗がびっしょりと流れていた。


(高校野球って厳しい…………僕、やってけるのかな? ダイス神様は絶対だから信じよう!)



「監督。二年生が来ました。グラウンド整備の時間です」


 古川の言葉と共に、中野監督はバットを下ろす。

 シートノックが綺麗に終わり、野手に疲れが出ていた。

 中野監督は金属バットで綺麗に打つので、イレギュラーも含めて良い守備練習になっていた。

 錦と灰田が良く動くので、後半灰田がボールを取り損ねることが多かった。

 中野監督はそのことについて何も言わない。

 灰田も守備不足の深刻さが解って来たのか、打った瞬間その方向に走る癖を人一倍つけるようになってきていた。


「シートノックはこれで終わりだ! 各自金属バットで素振りの後、古川から水とおにぎりを貰っておけ! 錦と朋也様はおにぎりを二個食う事! 投手は体重を落とさないために同じく二個食え! 他は一つだ! 投手は捕手と投球練習! これが最後だ!」


 部員達がバットを一塁側のベンチから取っていく。

 金属バットを数本部費で買ってきてくれたのか、投手を除いた人数分で素振りが出来た。

 陸雄は古川とハインの三人で投球練習を行うことになった。


「リクオ。アヤネマネージャーの指示に従え。硬式は初めてだろう? 握力が無くなりかけたら投球を止めろ、いいな?」


 三塁側のベンチでハインが捕手用のヘルメット被り、キャッチャーマスクをセットする。

 スロートガードとプロテクター、レガースの捕手道具は坂崎の分もあるようなので、松渡が投球を始めていた。


「岸田君。昨日のフォームで分かったけど、投げる腕が打者に対して主張気味だったね。それじゃあ打者がタイミングを取られるから打たれるよ?」


「は、はい!」


「制球重視のセットポジションにするよ」


「え? あ、は、はい! わかりました!」


 セットポジション。

 投手の投球姿勢の一つで軸足を投手板に置き 両手でボールを保持して体の前で止め、いったん静止した姿勢から投球する。

 古川は指示を続ける。 

 異常なほど小さいテイクバックでタイミングが取りづらいようにすること。

 投球ではバランスポジションの姿勢。


「指の引っかかりと体重移動も良くしてね。数だけ投げれば良いってものじゃないから―――」


「わかりました」」


 軸足一本でバランスよく真っ直ぐ立つ。


「投げる時から逆方向に力をためる動きをするようにね。腕が見えるとタイミングが取りやすいから最小限にしてね。それでいて無駄な力を出来るだけ省いて球速を増すように!」


 陸雄が指示されたフォームで投げる。

 ハインがミットを下に下げて捕球する。


「肩開いてるからダメ。踏み込む足が一塁側にいってるから開いちゃうんだよ。クロス気味に左足踏み込んでみて―――もう一回」


「わかりました!」


「球が速いだけでは三振の山はとれないよ。安定した制球力(コントロール)と球威は屈強な下半身の力があって投げれるものなの」


「…………はい」


「―――それで球持ちがよく打者の手元でボールがグンと伸びる。そうするには相当走り込んで下半身を作ること。もちろん柔らかさを持つためにスクワットもするんだよ」


(まだ理想のピッチングには遠いってことか―――変化球も含めて一球一球しっかり投げねぇと!)


 陸雄のピッチングから投げる球に、ハインはミットを動かしながら考える。


「アヤネマネージャー。スピードガンでリクオの球速を計ってほしい」


「分かった。そう言うと思って、持ってきたよ。陸雄君。全力で投げてみて」


「…………っし! 投げますっ!」


 セットポジションで投げ込む。

 ボールを握る腕を力を余り込めずに振り下ろす。

 真ん中真っ直ぐのストレートが矢のように飛ぶ。

 パンッというミットの音と同時にハインのミットに収まる。


「137キロだよ。コントロールは序盤にしては良いみたいだね」


「そうみたいですね。計測ありがとうございます。…………リクオ。中学までの登板経験は?」


「……控えで全イニング投げさせてもらったことは無い。防御率は―――」


「そこまでは言わなくていい」


(リクオの球速はだいたい137キロか。やや早いな。変化球はスライダー、カーブ、チェンジアップの三つか、悪くは無いが途中途中のコントロールが悪くなるところがあるな。小学校の頃からその辺は成長していないが、悪い捕手に育てられたわけでもないか)


「ハインどうだ? 小学校の頃より早くなったろ?」


 陸雄が誇らしげに胸を張る。


「まぁ、もう少し良い捕手に育てられた方が良かった気もするけどな。変化球はあと十球にしておけ。アヤネマネージャー」


「どうしたの?」


「ナカノ監督に伝えてください」


 ハインが陸雄に聞こえないように古川に耳打ちする。


(なんだよ、ハインの奴。暴投って訳でもねぇのに…………)


「ハイン君。それ本当なの?」


「…………まず間違いなくこれが無いと厳しいでしょう」


「わかった伝えて置くね。放課後練習は片方変えておくように坂崎君にも伝えるね」


(坂崎? なんでその名前が出るんだ? ハインの奴、何言ったんだ?)


 陸雄が気になっている時に、中野監督がやって来る。


「岸田の投球はどうだ?」


「監督。ハイン君が言っていたことなんですが、プロテクターの両肩はそのままでレガースの色を左右逆にしてもらえませんか?」


「下のコントロールが悪いのか?」


「はい、どうやらそのようです。小学校の練習試合から自滅しやすいところがあるとハイン君が…………」


「治ってないと言うことだな。解った、今後はハインに低めの投球を重視させろ。レガースは坂崎と色が違うから変えがきく」


「わかりました。坂崎君にも伝えておきます」


 陸雄には聞き取れなかったのか、マウンドで休憩している。

 中野監督が大きな声を出す。


「岸田。あと二十球投げたらおにぎりと水飲んで時間いっぱいまで走れ。わかったな?」


「はいっ!」


(う~し。一球一球慎重に投げるか!)


 陸雄が投げ終わり、二年生がグラウンド整備を終えた頃にハインは押し黙っていた。


(オレがリクオをどれだけリードできるかはコントロールにかかっている。メンタルが弱いリクオを鍛えなければいけない。その為には―――ニシキ先輩で打たれまくること。満塁のフォースアウト確認の状態などを想定させて、コントロールを正確にさせることだ)


 走る陸雄を見ながら、ハインはボールを握る。


(リクオ。今のままでは甲子園に行けない。お前が追い込まれた時に、投手としての真価を発揮しなければ―――オレ達はバッテリーとして相応しくない)


 中野監督が笛を吹く。

 集合の笛だった。

 メンバーが集まる。


「よし! 練習終わり! 登校時間だ。部室で着替えて勉強して来い!」


「「ありがとうございました!」」


 朝の練習が終わり、グラウンド前に整列したメンバーが頭を下げる。


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