第31話

 股関節周りを中心にストレッチを約十分行った後に、陸雄達は25メートルと20本の短距離ダッシュをやらされる。


(高校野球って……こんなに練習きついのか……半端ないな。でもやるしかねぇ! 不安は練習量でかき消す!)


「ダッシュが終わったら、最後にストレッチをもう一度行う。では全員で走れ! 開始!」


(チクショウ! 筋トレの後で体が言う事聞かねぇ!)


 陸雄が走りながらフラフラする。

 何人かのメンバーも上手く走れていないようだった。

 中野監督が大声で話す。


「いいか? 塁間27・431メートルある。 約28メートルを最速で走れ。六秒切れ!」


「六秒だぁ!? 中野監督! そんなタイム出したら俺達、陸上部のエースだぜ?」


 ダッシュを何本か終えた後に灰田が応える。


「灰田! 足で稼げない分は肩の送球や中継で返せとでも言うのか? 打撃側になればそんなものは無い! お前の足だけを信じて走れ!」


「…………っち! うっす!!」


(灰田。監督の前で舌打ちすんなよ。中野監督がすげえ睨んでるし…………)


「野球は走攻守の三つが要となる! 何より大事なのは走だ! 足無くしてベースランニング、送球守備出来ず! スタミナとスピード、この二つを叩き込め!」


 錦が誰よりも早く走る。

 次にハイン、紫崎、灰田、陸雄、星川、松渡、最後に坂崎と言った順で続いていく。


(やっぱ錦先輩ってすげぇ! 昨日のバッティングだけじゃない! 足も早ぇ! 全国レベルの人が身近にいるってこんなにありがたいことなのか! あの人目標にすりゃ甲子園に届く!)


「よっし! あと一本走ったらグローブを付けろ! キャッチボールの後にシートノックをするぞ! ポジションはキャッチボール後に発表する」


(いよいよ野手のポジション決めか……まずは残り一本全力で走らねぇと……毎日これすんだよな? 身体持てよ!)



 全員がダッシュを終えて、グローブをはめている時に中野監督が話す。


「まずは外野手のポジションから発表する」


 陸雄が息を整える。


「レフトは錦。センターは灰田。ライトはここにはいないが駒島が行う」


「「はいっ!」」


 錦と灰田が返事をする。

 レフトは元々錦の一年からのポジションなので、サードの大城の穴を埋める役目だと錦自身が思っていた。

 

(俺がセンターねぇ…………ちぇ! やっぱブランクあるから投手やらしてくれるわけねぇか)


「灰田。投手が出来ないと考えているだろうが、空いた時間で捕手の坂崎とハインに投球練習をさせる。ストレートだけでも緩急とコントロール次第でリードは出来る」


「…………うっす!」


「投手をやらせてもらえなくて不満か?」


「顔に出てたっすか?」


「ああ、バレバレだぞ。そうだな。四回戦までに球種を一つだけ覚えさせるから、それまで控えだ。その代わり私を監督と呼ばなくていい」


「はっ? 何言ってんすか? じゃあどう呼べばいいんすか?」


「中野と呼び捨てで良い」


「「―――ぶっ!」」


 陸雄を含めた何人かの部員が吹く。

 灰田が顔を赤らめる。


「はぁ! なんで俺だけ呼び捨てなんすか? そりゃ不満はあるっすけど、目上の人を呼び捨てとか恋人じゃねぇ…………のに…………つぅ! なんでですかっ! 中野!」


「灰田~。速攻で適応してるじゃん~」


 松渡の突っ込みに紫崎は笑う。


「お前にはセンターとライトの両方を守備する上に投手までさせるんだ。無能監督ということでお前だけ呼び捨てでいい。センターの空きは錦がフォローさせる。これだけでも選手頼りの無能監督だろう? 文句は無いな?」


「いや、そりゃ、あのキモ豚と沖縄マントヒヒが無能だからであって、かんと…………中野のせいじゃねぇよ!」


「灰田君。上級生の先輩二人をナチュラルに煽るの止めた方が良いですよ。この場にいないですけど」


 星川が灰田に引きつった笑顔で注意する。


「点が取られても私のせいにしろ。監督は選手のミスを監督の責任で取るものだ。その代わり今後のお前の期待に活躍して、下の名前で朋也様と呼ぶことにする」


「く、くすぐってぇから止めてくれよ。中野! 灰田で良いって!」


「上手く活躍出来たら男として大人の褒美を取らせる。錦、センターとサード手間の守備を頼む。無能な采配ですまない」


「いえ、大丈夫です。中野監督」


「すまんな。クリンナップの大砲としてお前を打席集中で起用したいが、守備不足だ。そうも言ってられん。守備で補えない分は点を取ってくれ。頼む」


「…………はい」


 錦が眼を細める。


「いや、だから、シリアスになってるけど、錦先輩もその流れなら呼び捨てにすべきじゃないっすか? 俺が変なんすか? ってか、さりげなく言ったけど、大人の褒美ってなんすか!」


 古川がおにぎり製造機に、黙々と米を入れていく。

 ペンギンの製造機がカタカタと音を立てて揺れる。


「朋也様はセンター、ライト、投手、それに打席も行うんだ。倍は働く。錦はセンターのフォローと打席、サード手前の球を捕球するだけだ」


 中野監督が灰田の顔にキス寸前の距離まで近づく。

 灰田が離れようとしたら、両肩をガジッと掴まれて動けない。

 異常な握力と力に灰田が動けなくなる。


「お前には一年の終わりまで倍は働かせるんだ。監督として特別指導もしてやる。九州の秀才選手時代の過去は捨てろ。この無能監督に黙って従え」


「―――中野。近い。息当たってる! それから言い終わった後にじっと見て、無言になるな。解ったから、朋也様でもご主人様でも好きに呼べよ! ああっ! くそっ! 倍働けば良いんだろ! わかったよ! 貧乏クジだが三倍は仕事してやるよ!」


「灰田。ご主人様って…………つうか、お前ズボンえらいことになってんぞ?」


「うるせえぞ! 陸雄! 余計な突っ込み入れんな! 実家の姉ちゃんの下着姿はよく見たけど、こういうのは初めてなんだよ!」


「わかった。灰田がピュアで童貞だってことはチーム全員が覚えたから、お前の負担にならないように出来る限り抑えるから―――守れなくても、点取れなくても安心しとけ」


「お、おう。チームメイトじゃなかったら、さっきの言葉で殺してたけど―――練習に励むわ」


 古川がおにぎり製造機から、サランラップを巻いたトレーの上に海苔を付けておにぎりを作る。

 灰田がペンギンの製造機を興味深い目で観察していると、中野監督が次のポジションを発表する。


「次、キャッチャーはハイン。プルペンキャッチャーは坂崎、選手の球の調子をしっかり報告するように、いいな? それとファーストは星川。紫崎はショートをしろ。セカンドは放課後に来る新入部員が勤める。サードはここにはいないが大城が行う。松渡と坂崎はサブポジションで交代でサードを行うように、最後に岸田―――」


(セカンドは新入部員? 誰だ? 俺、勧誘してないけど……いつの間に新入部員が……?)


「聞いているのか岸田! はっきりしない奴は試合で負けるぞ!」


「は、はいっ! 大丈夫です!」


「一番投手をしろ! サブポジでライトをするように―――いいな?」


 一番投手(エース)。

 その言葉にやる気がこみ上げる。


「―――はいっ!」


(よっしゃ! 俺が大森高校野球部を背負うんだ!)


「時間が残り少ない! グラウンド整備の二年が来る前にシートノックを行う。各自守備位置につけ! ノックが終わったら金属バットで素振り。投手と捕手は投球練習をするように! 岸田は古川の指示でハインと練習しろ。松渡は坂崎と投球練習。放課後の練習はバッテリーは別々の捕手と投手で半分ずつの時間で行え! 変化球は朝だから少なめにしろ! それじゃあ―――練習開始!」


「「はいっ!」」




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