第29話

(甲子園で活躍しねぇとドラフト指名もされないよな。保険とは言え大学受験も考えなきゃいけないのか……まだ高一だけど、スポーツ推薦か受験で関東の六大学野球には参加してぇよな……最悪社会人で入団試験か)


 早足で自分の家に戻る。


(どっちにしろ。今年も含めた二年間で甲子園にいかねーと指名すらされない。ハイン達は九月で辞めるから、どうあがいても春の甲子園はまず無理。となると……)


 家に着いて玄関前に段ボールを置く。


(たった二回しか甲子園に行けるチャンスは無いってことか……しかも二つとも夏のみか。春の選抜大会も何も無いな)


 清香の家まで走る。


(つーか六月中旬から七月下旬にかけて行う地方大会に勝たないといけない。夏の甲子園の代表校一校を決めるための地方大会だから……まずはそこで選ばれねえといけないか……あっ六月上旬に抽選会があるのか、キャプテンがクジ引くんだっけ? 兵庫は八回戦まで勝ち上がらないと甲子園出場は出来ない、か)


 プロテインの入った段ボールを持ち上げる。

 清香が鞄を持って待っていた。


「外出たら鍵閉めるからね~」


「ああ、もう大丈夫。このくらい軽い軽い」


「ほいほ~い。じゃあ閉めるね~」


 清香が後ろを向いて、鍵を閉める。


(つうか、牛乳混ぜないと俺プロテイン飲めないんだよな~。母さんに毎日牛乳頼まないとな~)


「おまたせ。じゃあ、行こうか」


「―――ああ」


 二人で短い夜道を歩く。


「陸雄」


「ん?」


「大学受験はバラバラになるかもね」


「…………そだな。清香女子中学にいたから隣の家でもバラバラだったな。やっと同じ高校行けたのに大学でまた別だもんな。マジで悪いな」


「いいよ、そんなこと。陸雄は野球の出来る大学に行くの?」


「ドラフト指名されないなら入試で東京六大学野球の出来る大学受験だな。偏差値高いとこだからしっかり勉強しないとな」


「そっか。兄さんのいる京都の体育大学と試合とかするの?」


 清香には体育大学生の兄がいる。

 スポーツ推薦で京都の体育大学にいる。

 陸雄の受験する東京六大学とは別の大会がある大学だった。

 清香の兄も野球をしており、陸雄が中学時代にはよく練習に付き合ってくれた。

 陸雄が清香の家に兄と練習で行くので、清香とは小学校同様よく話すようになった。

 陸雄は空を見上げて答える。


「いや、大学野球はよくわかんねぇけど、全国行けば試合できるかも、でもその頃には淳(じゅん)さん卒業してるだろ?」


「そうだね……兄さん。大学でドラフト指名されない時は建築会社で働くって言ってたよ」


「淳さん頭良いし、人当たりも良いから企業に行けても問題ないと思うよ。プロ野球行って欲しいけどさ」


「兄さん言ってたけど、野球の世界は厳しいって……今年の試合で良い成績残せなかったら野球スッパリ諦めるって」


「そんな……まるで……」


 錦先輩みたいなっと言おうとして、口を止める。

 陸雄の表情が暗くなる。


(俺、もしかして甲子園なんかがむしゃらに頑張れば行ける。なんて甘い考えを―――どこかで持ってたんじゃないのかな? 願いが叶わなかった時の保険、言い訳を探して大学勉強してるんじゃないか? 今日の打席勝負味方に全て打たれた。あれがそのまま甲子園で通じないという結果を表していたんじゃ?)


「あっ、ごめん。暗い話しちゃったね。私は医大に行くから、勉強を兄さん以上に頑張らないとね! 陸雄にも大学進学させたいし、責任重大だもん!」


 清香の言葉に陸雄はいったん考えを止めて、答える。

 気づけば自分の家の玄関前に着いていた。


「―――清香。勉強も練習も同じくらい頑張る。俺は納得するところまで野球続けるよ。清香、必ず甲子園に行くから悔いのない高校生活を送るよ」


「―――うんっ! 私も頑張るからね! じゃあ、運び終わったら勉強しようね」


 清香が綺麗な笑顔を見せる。


「ああ、しっかりやろうぜ!」


 陸雄も笑顔で答える。


(朝練までに勉強で頭しっかりさせなきゃな! 待ってろよ甲子園!)


「あ、そうそう。陸雄の受ける東京六大学の一つって最低でも偏差値60は必要だから努力してね」


「…………野球と同じくらい精進します」


「返事がよくて、大変よろしい。じゃあ、家に着いたら中学までの総復習の勉強をみっちりやろうね♪」


「―――ああ」


 段ボールを運んで、空を見上げる。

 陸雄が見上げた夜空は、星が綺麗に輝いていた。

 この星の輝きは同じ球児達も見ているのだろうか?

 あの約束された夏のグラウンドは、今こうして目に見える星以上の観客の数で満たされるだろう。

 十年前の準優勝を今ここに継いでいく。

 一人の球児の夏は―――春の夜空の星で決意に染まる。

 ここに約束の聖地(マウンド)に立つ為の、四ヶ月間の戦いが幕を下ろした。


(試合で悔いは残さない。野球は俺に生きがいと夢をくれた。優勝旗の先にある景色を見に行こう。その景色はきっと高校野球の王のみが知る輝く理想郷がある。夢の為に生きてこその球児だ。甲子園よ、俺は夢の軌跡を人々に見せる!)


「陸雄~? 家に着いたけど、顔上げたままだと転ぶよ~」


「おっ、わりぃ! まずは身近なことからしっかりと注意して進まねぇとな!」




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