第19話

「美談だけど、三年間全部捧げますって訳にはいかいないね~。まぁ、灰田達と野球するの楽しそうかな~。僕も紫崎と同じで、九月までならいいよ~」


 松渡も同意する。

 

「アメリカで硬式ボールのベースボールを続けていたことが、ここで生かされるとはな…………リクオ、部に入る前に大事な事を言っておく」


「なんだ、ハイン?」


「今年の九月まで怪我をしないように、選手生命だけは無くさせない―――そのための配球もオレが配慮する」


「解った。ハインが捕手なら心強い。無理しないようにするよ。アメリカで野球続けてくれたのは素直に嬉しいよ。ありがとう」


 ここに四人の入部が決まる。

 捕手のハイン。

 投手の松渡。

 野手の紫崎。

 そして入部を既に決めている星川。

 灰田と陸雄、坂崎も含めて―――七人が揃った。

 古川が取り出した紙を四人に渡す。


「はい、入部届の紙」


「用意が良いですね。僕もまだ入部届出してないんですよね」


 星川が用紙を貰う。


「名演説だったぜ、灰田!」

 

 陸雄が灰田の腕を小突く。

 灰田が得意げな顔で、陸雄の肩に手を乗せる。


「紫崎達は九月までだけど、これで甲子園目指すことになったな。覚悟しようぜ!」


「―――ああっ! こいつらとなら甲子園まで行ける気がするぜ! 長い道を駆け巡るぜ!」


「灰田~。それだと打ち切り漫画みたいだから言い方変えようね~」


 松渡の突っ込みに屋上で男達がドッと笑う。

 爽やかな青空に見合う笑い声。

 マネージャーの古川は、この後輩達の笑顔を守りたいと願う。


(この子達なら行けるかもしれない。兵庫ナンバーワンになれるかも…………)


 陸雄達が用紙に名前を書く間に、ふとそうした想いが生まれた。



「それじゃあ紫崎君、松渡君、星川君、ハイン君の入部届持っていくね」


 古川がボールペンを四人に渡して、入部届の紙を全て受け取る。


「古川さん、そんくらい俺らで……」


「職員室満員はスマートじゃないでしょ?」


 陸雄が想像したのか、その言葉に頷く。


「スマホ用意して、野球道具やユニフォームを買う場所教えるから―――家に一度帰ったら両親に説明してね」


「ユニフォームを買うまでは、ジャージで練習ね。スパイクは中学時代の物で良いから、ない人は公式試合までには買っておいてね。それと陸雄君と松渡君は私が投球コーチするよ」


「え?」


 違和感のある言葉に陸雄が驚く。


「私、中学女子野球でも投手だったから―――知らない変化球とか投球指導出来るよ」


「マジっすか? 古川さん凄いな!」


「僕は今の変化球だけで充分だから、陸雄を中心に教えてよ~」


「俺は? さっきも言ったようにストレートしか投げれねぇ。だから変化球覚えたいんだけど…………」


「基本マネージャーの仕事放棄して、集中的にって言うなら、多くても二人しか面倒しか見れないよ。灰田君は野手として自主練だね。まずは外野手として肩から作って、そこから教えると思う」


「うっす。そう言う事なら遠投からやってみるっすよ」


「よしっ! みんな、放課後にグラウンドに集合な! 大森高校野球部再始動だ!」


 陸雄の言葉でそれぞれが決意する。

 試合が出来るメンバーはここに揃う。



 放課後のグラウンド。

 途中で合流した坂崎を含めて、陸雄達は制服姿のまま―――駒島の前に現れる。


「約束通り、試合に出れるメンバー集まりましたよ」


 陸雄が駒島にそう言うと、駒島は考え込む。


「ううむ。よかろう。約束は守る。まぁ、集まったっところで勝てるかどうかは別だがなぁ!」


 駒島の代わりに、錦がやって来る。


「ありがとう。僕も全力で練習する。今日は着替えて、基礎練習だけしててくれないかな?」


「わかりました。錦先輩!」


「キャプテンはワシだろうがっ! まぁ、いいワシは試合の時にしか来ないから練習はやらん」


「それじゃあ、負けるかもしれないじゃないですか? 練習をしっかりしないとダメですよ!」


 星川がそう言うも、陸雄は手で制す。


「陸雄君?」


「いいんだ、星川。そういう人らなのは解ってたから―――甲子園に行くために俺達だけで頑張ろう」


「ふんっ! 甲子園に行くなどと絵空事をまだ思い描いているのかね? ゲンジツは厳しいぞ」


「その負ける要素が偉そうによく言うぜ。お前らが足引っ張ってるつーの!」

 

 灰田が毒づくと駒島は顔を赤らめる。

 図星だったのだろう。

 何かを言う前に鉄山先生がやって来る。


「雇った監督兼コーチが来るから、今すぐ整列してくれ」


「監督が来てくれるんですね! よし、采配も出来るようになったな!」


 陸雄がガッツポーズをとる。

 古川が鉄山先生に尋ねる。


「雇った期間はどのくらいなんですか?」


「二年間だけだよ。その後は強豪校に監督として、戻る予定だからね。ああ、あそこのユニフォームを着た女性だよ」


 身長が158センチの、不愛想そうな目つきの悪い女性がやって来る。

 黙っていればかなりの美人であり、手に届く美人ではなく、どこか高嶺の花のようなイメージがある。

 それでいて、ただならぬ雰囲気がある。

 身体は野球を経験しているのか、下半身の筋肉がしっかりとしている。

 胸はスラリとした腰と比例して大きい。

 灰田が顔を赤らめる。


(やっべ! すげー美人! いけね―――勃ってきた。沈めなきゃ、やべーな!)


 そう思った灰田が前屈みになる。

 美人の監督が陸雄達の前で止まる。


「遅くなったな。今年から監督になる中野砂夜(なかのさや)だ。キャプテン君。一つよろしく」


 ワンサイドショートボブの髪型。

 香水の良い匂いのする女性監督が、陸雄に握手する。

 手に柔らかさと温かさがあった。


「キャプテンはワシだぞ! そこの一年坊じゃない!」


「それは済まなかった。彼がキャプテンとばかり思っていたからな。学生ながらに人をまとめるオーラが出ていた」


「貴様っ……!」


 駒島が近づく前に、陸雄が割って入る。


「駒島キャプテン。監督も揃いました。可能性はゼロじゃない」


 陸雄の言葉に、駒島は黙り込む。



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