第20話

「メンソーレ。練習機材が無いから、せいぜい二回戦負けさー」


 そんなやり取りの中で、金属バッドを中野監督が持つ。


「シゴキがいのある面白そうなメンバーだな。よし、今日はストレッチした後に走り込んで、キャッチボールと素振りだけしておけ。本格的な練習メニューは明日までに作っておいてきてやる」


 古川が中野監督に一礼する。


「監督。ウチの野球部をよろしくお願いします。来なかったメンバーは明日来るように伝えておきます。二人だけ投球指導は私がしますので」


「よし、わかった。最後にシートノックを行うから、キャッチボール始める前にグローブしっかりつけとけよ。まずは受験で訛った体をほぐしてやる。明日からは朝練を行う! 時間は六時半だ!」


「「はいっ!」」


 一年達と錦の声がグラウンドに響く。


「そこの二人。声が無いぞ?」


 中野監督は駒島と大城をバットで指す。


「マネージャーから聞かなかったのか? ノックは出来んよ。何故ならノックバットが無いのだからな」


 駒島がそう言って、座り込む。

 大城は腕を組んで目を細め、走ろうともしない。


「そんなものは必要ない。このバットがあれば十分だ。走らないのか? チームの和を乱す奴は帰れ」


「えぇ? ノックバットを使わないって……監督は外野まで飛ばせるんですか?」


 星川が驚く。

 ノックバットとは通常のバットより軽い材質で出来たバットである。

 軽さによって、ボールが外野まで楽に飛べるようになっている。

 そのために守備練習では使うことが多い。

 中野監督はそれを使わないと言い切る。

 つまり金属バットで、外野までボール飛ばす。

 そういう守備練習を行うと言っている。


「ノックバットを使わずか―――ワシは女性の野球通監督だと聞いたが、ノックバットすら知らないなら業界を知らないな」


「この学校の教育委員会の息子だからって、いい気になるな。問題児二人。グラウンドでは身分は関係ない。平等に扱う。そして過程の上での結果が全てだ!」


 中野監督は駒島と大城を見て、そう言い放つ。

 地面に転がっている白球を拾う。

 それを上に投げると、金属バットを構える。

 夕暮れの雲に溶け込むように、投げられた白球が同化する。

 そして落ちていく白球めがけて、スイングした。

 カキンッ―――と言う音が聞こえて、大城の真横を球が抜ける。

 ボールはセンターオーバーに飛んだ。

 通り過ぎて、落ちていったボールを全員が見る。


「す、凄い。金属バットであんな距離を打っている。しかもあんな綺麗なラインで真っ直ぐに―――!」


 星川が思わず声を出す。


「へぇ、こりゃあ俺たちが強くなるには―――うってつけの監督だな。取ってきますよ、監督!」


 灰田がそう言って、ボールを拾いに走っていく。


「メ、メンソーレ! ノ、ノックは出来ても部の運営費が足りなくなるサー」


「―――200万だ」


 中野監督は静かに謎の言葉を告げる。


「メンソーレ? 200万? 大人だから許してほしいみたいなこと言ってそうな。賠償金額提示サー」


「そうじゃない、この毛深マントヒヒ。監督としての本来貰う収入の三分の一を―――部費の運営費や機材費などに投入した。今年だけな。その上で監督を選んだ結果だ。わかったか? そっちの脂顔」


「鯖っ!」


 脂顔と言われたのが応えたのか、駒島は奇声を上げて、変顔をする。


「メ、メンホン!」


 同じく大城も気持ち悪い表情で、汗をダラダラと流した。


「今年の分で200万あれば機材も部費も足りるだろうね~」


 松渡が腰に手を当てて、関心する。


「おおっ! めっちゃ良い監督じゃん! これで甲子園行けるなら希望が見えて来たぜ!」


 陸雄が大喜びする。

 同じく星川も嬉しそうにはしゃぐ。


「予算がそれだけあれば、問題ないですよ! やったぁ! 高校でも野球が出来るんだ!」


「…………」


 ハインと紫崎は表情を変えずに、監督を黙って見ている。

 坂崎はこの空気に溶け込めずにオドオドしている。

 灰田が白球を持って、戻って来る。

 中野監督は灰田を見る。


(ほう、足が速いな。データを貰ったが確か名前が灰田だったか―――こいつはセンターにするか。肩を作れば、遠投は出来るようになるな。ノックや遠く飛ばし用のペッパーで鍛えるか)


 中野監督は、戻ってきた灰田から白球を貰う。


「硬球って石みてーに重いし、握りにくいな。縫い目が指に引っかかるような感触だぜ」


「灰田、お前は硬球は初めてか? 硬球慣れしているシニア出身の奴は手を上げろ」


 錦に紫崎と松渡、ハインが手を上げる。


「なるほど。よし、キャッチボールの相手は軟式と硬式の二人一組でやれ。軟式同士でやらないように」


 駒島は面白くなさそうな気分になったのか、ばつが悪そうに物申す。 


「ふ、ふむ。投資への意気込みは結構。ワシは侮辱されたようだが、まぁ、頭を下げるのも監督しての礼儀だな……」


 古川がスコアブックを拳で強く握る。

 表情は変えないままだった。

 中野監督は無視して、話を続ける。


「さて、お前たちは暇があれば、打者としての素振りを繰り返せ」


「メンソーレ! それでは本物の投手相手に、我々の選ばれた打者が当然勝てるはずもなく。勝率は下がるサー」


「大城の言う通りだ。ワシら大森高校野球部は本格風味野球を追及している。実際に投手が投げた球を打つのが、素振りよりも優れている。つまり素振りに意味は無い」


「メンソーレ! 野球は打点を入れてゲームが動くサー。基本であり哲学サー。どうしてもっていうなら、ティーバッテイング用の機材をその200万の予算で買って来るサー」


 中野監督はバットを二人に振り向ける。

 手首のスナップの効いた―――風を切る良い音をバットから出す。

 ビュンッという音が聞こえて、二人は黙る。


「そこの馬鹿二人は帰っていいぞ。公式試合以外出るな。部長の鉄山先生の頼みだからな。退部には出来ん。なら、チームの士気が乱れるだけだ。今すぐ消えろ」


「ふんっ! ワシらに楽させて、甲子園に連れていけよ。ブイチューバ―配信を見るので失礼する」


 駒島は素振りの一つもせずに帰っていく。


「公式試合は必ず出ろよ。監督命令だ」


「メンソーレ! エロゲーの時間が勿体ないサー。リアル巨乳よりバーチャル巨乳が真理サー」


 大城は古川の太ももを見ながら、帰っていった。


「……最低。またセクハラされた。中野監督、すみません。ライトとサードがああなので、フォローを前提とした野手守備をお願いします。ショートがサードの仕事を追加で、センターがライトの仕事を追加でする形になります」


 古川が頭を下げる。


「わかった。よしっ! 準備体操が出来たら走り込みをして、キャッチボールをしろ。その後に投手練習を中心に行う。―――投手は?」


 中野監督は投手を探す。

 陸雄と松渡、灰田が手をあげる。


「三人か、一人は控えで灰田は投手兼野手になってもらう。いいな?」


「「はいっ!」」


「それじゃあ、練習開始っ!」



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