第17話

「鉄山先生。素人監督じゃ困るぜ。俺ら短期間で、甲子園出なきゃいけないんだからな!」


 灰田がそう言って、両手を腰に当てる。


「わかった。じゃあ校長に言って来るよ。監督のツテはあるから、すぐにでも来れると思う」


「錦君。良かったね」


 古川がそう言って、錦の肩をポンっと叩いた。


「―――うん。最後の最後で変われるかもしれないね」


 陸雄がすぅと息を吸って、吐く。

 そして元気よく声を出す。


「よし! まずは練習より、メンバー勧誘だな! 灰田。紫崎と松渡の説得に行こうぜ!」


「ああっ! つーか、もう放課後だから明日になるな。今日は家で自主練しとけよ」


「そうすっか。じゃあ今日はこれで解散だな」


 グラウンドの目立たない場所で、一部始終を見ていた男がいた。


「は、入りずらいなぁ。あ、明日にしよう……り、陸雄君達怒ってたし……」


 坂崎だった。

 ダイスを胸ポケットにしまい込み、ばつが悪そうに帰っていく。



 三日月の見える夜。

 陸雄は家の庭で、ピッチングの練習をする。

 使い込まれた投手用のグローブは―――手に取るのに近い感覚で、球を捕球出来る。

 父親が中学の頃に送ってもらった野球練習ネットは―――穴がいくつか空いていた。

 変化球の練習をしている時に、窓をあける音が聞こえる。

 音の方向に振り向いて、練習を中断する。


「陸雄~。清香ちゃん来たわよ。中学までの勉強の復習よ~」


 聞きなれた声は、やはり陸雄の母親だった。


「わかった。今日の練習はここで止めとく」


 ジャージ姿の陸雄は、ネットに溜まった白球をボロボロの洗濯カゴに入れる。


(明日は紫崎と松渡を野球部に入れて、残りの新入部員を集めないとな!)

 

 全ての白球をカゴに入れ終えて、ハッとする。


「あっ! 灰田のアドレスと番号交換するの忘れてたな。まぁ、練習帰りに集まって、新メンバーと共にまとめて交換すっか!」


「陸雄~! 勉強教えに来たよ~」


 清香の声が聞こえて、陸雄も庭から部屋に上がる。


「さぁて、清香と一緒に中学勉強と高校の予習すっか」



 次の日。

 陸雄と灰田は―――同じクラスの松渡と紫崎を昼休みに屋上に呼ぶ。

 

「な~んなく用件は解るけどね~。どうするの紫崎~?」


「松渡。俺はまだ考えている……」


 松渡と紫崎は屋上に移動しながら話す。


「二人とも入らなきゃ、一生こっちに話さなそうだよね~。これから始まる三年間にそれはちょっとね~」


「……そう、だな……話を聞くだけ聞いて、入るかどうか決めよう。あいつらの意気込みが見たい」


 階段を上り、屋上のドアを開けると灰田と陸雄がいた。


「よう、いい天気だな。紫崎、はじめん」


「陸雄、そんなことは良いから本題に入れ。どうせ野球部に入れ、だろ?」


「おう、その通りさ! 青春に全てをかけて、目指せ甲子園! 勉強も一緒にしてやるから、目指そうぜ!」


 陸雄はドンっと自分の胸を叩く。


「フッ……ここでそんな綺麗ごと言っちゃ勝てる試合も勝てないぜ?」


「紫崎! てめぇ、何スカしたこと言ってやがる!」


「灰田、落ち着いて、聞くだけ聞こうよ」

 

 陸雄が灰田の腕を掴む。

 今にも胸倉を掴みそうだったからだ。


(熱くなりやすいのは解るけど、更生できてない気がするんだよな~)


 灰田を見て、そう思った松渡が無言になる。

 紫崎が言葉を続ける。


「ゲンジツ見ろよ。今はただの甲子園優勝を夢見ている何も成していない恥晒しの馬鹿だ」


 陸雄がゆっくりと答える。


「だが時として恥は人を強くする」


「強く、だと?」


「ああ。俺はそんな恥よりも、自分が甲子園に行くという夢を目標と思い実行したい。生きがいを持たなければ、例え他のスポーツをやって恥をかこうが、逆に弱くなる」


「まぁ、後ろめたい気持ちになりたくないってのは解るけどね~」


「はじめん、空気読め。今陸雄がすげぇ良い事言ってんだから」


 灰田が半目で松渡を見る。

 松渡はニッと笑って、黙る。

 陸雄は話を続ける。


「だから俺は、野球にこだわる。頑固でありたい。追求し続けたい」


 紫崎は黙る。


「それで俺が恥をかいても、お前達がかかなければ俺はバカでもいい」


「……それで全部か?」


「ああ、そうだ紫崎。これが俺の言いたいことだ。入る気になったか?」


 紫崎がフッと笑って、言葉を返す。


「ったく、熱苦しい選手様がいたもんだぜ。お前―――良いキャプテンになれる―――かもな……」


「紫崎っ! それじゃあ―――!」


「俺は条件付きだ。今年の九月までだ。それ以上は付き合えないから、退部する」



(今日は屋上で一人で食べたいな。仲良い友達休みだったし……)


 マネージャーの古川が階段を上ると、ドア越しに声が聞こえる。


(先客かな? まぁ、春だし、一人で食べたい人が集まる場所だしね。しょうがないか。でも、この声って……)


 ドア越しに灰田の声が聞こえる。


「紫崎! 三年間だけでも良いから、居ろよ! お前が居なきゃ(甲子園に)イケねぇんだよ!」


「えっ? えぇ……」


 古川が思わず声を出し、弁当箱を落としそうになる。

 若い男子の屋上での情熱的なセリフ。

 その言葉で古川が要らぬ妄想をするが、遮る。

 紫崎の声が聞こえる。


「俺達以外の八人 (の部員) がいればお前らは満足だろ! 他の男にしろ!」


 古川がホモか疑い、乱交性癖かなと思う。

 松渡の声が聞こえる。


「でもさ~。野球やるのに話聞けば、その先輩三人含めて戦力はまだ七人でしょ? その錦先輩って人は頼りになるけど~。人数が集まらないんじゃ、まともな試合なんて出来ないよ~」


 古川が数秒で理解。


「あっ、なんだ野球か。陸雄君、勧誘続けてくれたんだ。順調に集まってるんだ」




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