第16話

 二人は古川の案内で部室に着く。

 


 その辿り着いた野球部の光景に灰田が叫ぶ。


「なんだよこれっ! クソ過ぎんだろっ!」


 グラウンドの光景に、異常さと苛立ちを感じたからだ。

 灰田が怒りで握りこぶしを作る。

 それは陸雄も同じだった。

 グラウンドでバッドとボールを使って、二人の部員がゲートボールをしていた。

 その横で錦が素振りをしている以外は、他の部員は教科書などを読んでグラウンドに座り込んでいる。

 草むしりをしていないのか、草は伸びたままだった。


「マネージャー。新入部員か?」


 キャプテンらしき上級生の男がやって来る。

 その見た目は野球経験者に思えないくらい貧弱な体系だった。

 おでこが出ていて、オールバックの脂ぎった小デブの男。

 老け顔のオタク臭い近寄りがたいオーラを出していた。

 マネージャーの古川は陸雄達に紹介する。


「キャプテンの駒島俊明(こましまとしあき)君。ポジションはライト。二年生」


「ワシがキャプテン駒島だ。おい、新入部員。ワシに頭を下げて、今すぐコーラを買って来い」


「……あ?」


 灰田がイライラしている。

 今にも殴りかかりそうな雰囲気を出す。

 陸雄が慌てて、話を古川に振る。


「古川さん、三年生は居ないんですか? 部員が十人くらいしかいないんですけど―――」


 陸雄が古川に話しかけると、駒島はキッと表情を強張らせ怒鳴る。


「今はワシと話しているところだろう! 三年生は受験で引退するのが、大森高校野球部の伝統だ。そんなことも分からないのか? 大森高校野球部における先輩後輩の関係はなぁ! 三年は神様、二年は平民。そして貴様ら一年は奴隷っと相場が決まっておるだろう!」


「あ、すいません……引退したら神になるんですね……野球部の想像以上にひでぇ実態に、ちょっとドン引き気味でした、はい」


「陸雄。こんなキモデブオタ野郎に謝る事ねぇよ。精神が腐ってやがる!」


 灰田はキレかけていた。


「上級生に対してその口の利き方はいかがなものか? 土下座でもしたまえ、ワシは寛容…………ぶっ!」


 駒島が言いかけた時に、灰田が胸倉を掴む。


「おい! キモデブ! いい加減にしろよ!」


「ワ、ワ、ワシは、た、ただだだ、ただ、口の聞き方…………」


 周りの部員が本を閉じて、立ち上がり黙って見ている。


「灰田。止めておけって、傷害事件になるぞ」


 灰田が舌打ちをして、駒島を引きずるように地面に投げる。

 スマホで録画していたメガネの貧弱な毛深い部員が寄って来る。


「メンソーレ! キャプテンに暴力事件とは訴訟も辞さないサー」


「…………誰? 沖縄の人か、何か?」


 陸雄がメガネの毛深い貧弱な先輩部員に―――疑問を投げつける。


「大城直人(おおしろなおと)君。ポジションはサード。二年生で副キャプテン」


 男の代わりに古川が嫌そうに説明する。

 スカートから出ている膝小僧までを大きなノートで隠す。

 大城が勃起しながら、スマホで古川の下半身を―――チラチラと撮っているような仕草をしているからだ。


(いや、俺もさっきエッチな体って言ったけど―――ここまで正直どころか、盗撮まがいの最高にキモい行為しないんだよなぁ……今後は自重しようかな)


「こんなクソ共がキャプテンと副キャプテンだぁ?」


 灰田が切れ散らかす。

 周りの部員たちは黙って、その光景を見ているだけだった。


「初戦敗退」


「えっ?」


 古川さんが呟いた言葉に、陸雄は一瞬何を言ったのかすぐには理解できなかった。

 陸雄は不安を持ちながらもう一度聞いた。


「あの……今なんて?」


「去年も一昨年も大会1回戦負けだって。うちの野球部名前だけだから、ほとんど校長の趣味で運営してるだけだよ」


「ええっ! でも、甲子園に準優勝したって経歴もありますよ」


「それいつの話?」


「じゅ、十年前です」


「顧問の鉄山先生は野球知ってるんすか?」


「ううん、知らない人だよ」


 灰田の問いにも、古川さんは無機質に答える。


「コーチや監督とかはいるんですか?」


「何それ? いないよ。監督はバスケ部の兼任している先生が代理で試合に顔出すくらいだよ」


「……れ、練習機材は?」


「あそこにあるロボピッチャとプレハブ小屋にあるスピードガン、ネットがある以外は何もないよ。キャプテン達の先代が機材壊して、弁償できないからそのまま処分したの。実績による部費の都合で、新しい機材買えないから古い機材しかない」


(う、嘘だ。弱いとは調べて知ってたけど、実態がこれほど酷いとは…………)


 陸雄が開いた口が塞がらない状態になる。

 それを知っていたかのように古川は無関心そうに話す。


「わかったら、もう帰ったら良いと思うよ。今年で人数集まらなければ廃部の予定だし」


 古川がそう言うも、陸雄はあきらめきれずに提案をする。


「い、一年を集めたら、廃部にならずに真面目に公式試合に出てくれますか?」


 錦が素振りを止める。

 そんな錦を見て、部員たちの空気が変わる。

 周りの部員の誰かがぼそりと言う。


「7人揃えば俺らベンチで20人分丁度だけど……あのキモデブ……駒島キャプテンが承認してくれれば」


 その言葉に陸雄は反応する。


「俺と灰田を含めて7人以上いれば良いんですね?」


 声がした相手を見ると、黙り込んで引き下がる。

 まるで発言したのは自分ではない、こっちをジロジロ見るなと言わんばかりの空気を出す。

 立ち上がった駒島がユニフォームを手で払う。


「ワシに謝ることがあるんではないのかね?」


「灰田―――頼む。甲子園出場のためだ」

 

 陸雄が灰田に頭を下げる。


「チッ! わかったよ、陸雄……キャプテン、殴ろうとして、すいませーんでした」


 灰田が駒島に頭を下げる。


「ふんっ! まぁ、構わん。公式試合のメンバーがワシと大城以外に人数分いたら出てやろう」


「ほ、本当ですか!」


「ただし、ワシと大城をスタメンとして必ず出すこと。そしたらバックアップくらいはしてやる。まぁ、集まるとは思えんがなぁ!」


「わかりました。今後はメンバー集めに行ってきます」


「陸雄、マジでやるのか? こいつらじゃ戦力にもならねぇから、実質一年チームだぞ?」


 灰田のわざとらしく聞こえる大声に二年部員の誰かが口を開く。

 錦は黙って、スイングをしていた。


「ああ、どうせ俺らは遊びで野球してるだけだ。だけど、集まったらグラウンド整備と公式試合の人数埋めはしてやる」


「球拾いもしねぇとは……根性のねぇ上に、情けねぇ先輩方だぜ。敬う価値ねぇな」


 灰田が毒づくも部員は黙る。


「……僕も参加するよ」


 錦がバッドを片手にやって来る。

 灰田は錦の先ほどまでのスイングと体つきを見た後で話す。


「よぉ、あんたが兵庫不遇の天才球児さんかよ? 大層な異名で……良いスイング音鳴らすなぁ?」


 錦は気にせずに、頭を下げる。


「こんな野球部だけど、僕で良ければ公式試合に出るから、後4人ほど集めて欲しい」


 周りの部員が顔を背ける。

 自分達が実力が無い上に、どうしようもないのを自覚しているので何も言えない。

 ただ怠惰に過ごした無力な存在の集合体。


「―――不愉快だ。ワシは帰る。見たいアニメとネットエアライブがあるのでなぁ!」


「メンソーレ。俺も今日はママが美味しいご飯を作ってくれるから、早めに帰って、新作の野球ゲームやるサー」


 無力を自覚しない二人は、バッドを投げ捨てて帰っていく。

 その間に鉄山先生が現れる。

 二人の行動に、見て見ぬふりをしていた。

 駒島と大城は鉄山先生に対して帽子を脱いで一礼する。

 そして二人は去っていった。


「二人とももう帰ったかと思ったが、まだいたのか。入る気にならないだろう? 校長の趣味だから今年まで潰せなくてな」


「これから新入部員を集めて、公式試合に出るって言ったところです」


 陸雄は鉄山先生にそう言う。

 前を向いて歩く者の瞳。

 その瞳に鉄山先生は何かを動かされる。

 そして鉄山先生は静かに目を閉じて、口を重く開いた。


「―――わかった。野球に詳しい監督兼コーチを雇うように校長に言ってみるよ。廃部になったら、その話は無しと言うことでキャンセル料も先生から用意しよう」


 古川が眉毛をピクリと動かす。

 やや驚いている様子だった。

 錦も思わず口を半開きにして、一瞬で閉じる。


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