第2話

「監督、こいつ野球やりたいらしいです。道具は持ってないみたいで、今日はオレが予備を貸します」  


 三十代半ばのやや威圧的な中年に、乾は頭を下げてそう申し出る。

 乾と同じユニフォームを着た小学生たちがキャッチボールをしている光景の中で、一人浮いている陸雄はキョロキョロしている。

 中年の男は見た目に反して、優しく声をかける。


「そうか―――そういや投手が一人空いてたな。君―――投手になってみるかい?」


「と、とうしゅ?」


「それについては乾から聞くと良い。今はスタメンは無理だけど、練習すればなれるかもよ」


 中年の男は腕を組んで、ニコニコとしている。

 悪い大人ではないと陸雄は警戒心が解ける。

 そして聞きなれない単語に疑問を投げる。


「乾。とうしゅって何?」


「投手ってのは、マウンドで球を投げる一番度胸が付くカッコいいポジションだぜ。弱虫克服にはうってつけだろ。嫌なら他のポジションにするか?」


 弱虫克服。

 その言葉といつかのテレビで見た閃光のようなストレートを投げた選手を思い出す。

 決意は固まる。


「ぼ、僕……とうしゅ、やりたい」


 中年の男はその言葉と共に、余っていたグローブを差し出す。


「そうかそうか。では乾。今日はお前が面倒見てやれ。今日はこのグローブを付けてキャッチボールだけしなさい」


 監督に頭を下げて、サイズがいまいち合わないグローブを、乾の説明を受けつつも着ける。


「来週までにユニフォームとグローブを買っておきなさい。それが出来たら、本格的な合同練習だよ。費用とかは―――明日お母さんかお父さんに来てもらいなさい。それまでは走り込みとキャッチボールだけだよ」


「はいっ―――」


 乾が陸雄の肩を叩く。


「よっしゃ。それじゃあ暇そうな奴見つけて、今日はキャッチボールだ。監督、俺が陸雄のキャッチボール相手探してもいいですか?」


「いいや。今日は投手が自主練習しているから、ハインにしなさい」


「分かりました。―――ハイン、来てくれ!」


 乾の大声で、バッティング練習をしていた少年が練習を中止してやってくる。

 陸雄と同い年のようだった。

 異質なのは外国人だと言うことだ。


「―――何ですか? キャプテン―――この人、誰?」」


 金髪の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。

 そして肌の白い美少年から、透き通るような流暢な日本語が出る。

 日本馴れしているアメリカの少年だった。

 アメリカのアクション映画で外国人を見慣れている陸雄には、乾と同じトーンで自己紹介をする。


「僕―――陸雄」


「―――リクオ?」


「コイツはハイン! 陸雄と同じ四年生だけど、腕が良いからスタメン捕手になってる。んで、投手になる陸雄。ハイン、キャッチボールしてやってくれ」


「オーケー。よろしく、リクオ」


 乾の言葉で、ハインは陸雄に握手を求める。

 陸雄は慌てて手を拭いて、握手する。

 

「う、うん。よろしく。キャッチボールって……何?」


「キャプテン。リクオはベースボールはルーキーなの?」


「ああ、今日は基礎から教えてやれよ。お前のバッテリーの上級生の投手が、監督の指示で今バッテイング集中練習だろ? その間に―――なっ?」


「いいよ。じゃあ体ほぐしの体操から付き合うよ。リクオ、初めはちょっと痛むが頑張れよ」


「―――うん!」


 こうして陸雄の野球生活は始まる。


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