弱小野球部の名誉挽回

碧木ケンジ

第1話

 投手から―――閃光のように速いストレートが繰り出される。

 その白球がミットに沈む球の音は、真夏の甲子園の歓声でかき消される。

 瞬間、泣き崩れる打者と―――夏の空に顔を上げて、マウンドで歓喜の叫びを上げる高校球児。

 それが液晶テレビで映る甲子園の試合の映像。

 ―――小学三年生の少年は視線が釘付けになる。

 優勝旗を持つ球児たちを見て―――心のどこかで少年は、その結果に至る仮定を知りたくなった。


「陸雄。野球に興味があるのか?」


 映像に見入ってしまった少年を見て、父親がチャンネルを変えるのを止める。


「やきゅう?」


「今テレビでやってた番組だよ。来年から出来るから―――興味があれば、お父さんにいつでも言いなさい」


「うーん、まだよく分からない。―――お父さん」


「ん? なんだい?」


「どうしてテレビの中にいるお兄ちゃんたちは泣いているの?」


「……野球をやれば解るぞ」


 二人の話の中で、調理を終えた母親の声で会話は終わる。




 小学四年生の春の終わり。

 陸雄は公園の遊具の下で泣いている。


「……ひっく。……ひっく……ううっ……えっぐっ!」


 ランドセルを背負ったまま、家に帰らずに泣いていている。

 陸雄の隣の家の幼馴染はこの日は風邪で休みで、下校していない。

 そんな中で一人―――顔を両手で塞いで、座り込む。

 かれこれ二十分経過していた。

 園内で誰にも声をかけられずに孤独に泣き続ける。

 そんな時―――。


「お前、何泣いてんだよ? 男の癖に情けないぜ?」


 元気な少年の声が聞こえて、陸雄は顔を上げる。

 野球のユニフォームとバットやグローブを持った年上の少年だった。

 陸雄は子供同士なのか警戒心が解けて、今日起きたことを説明する。


「だって―――僕。同じクラスの清香以外から弱虫って、みんなに馬鹿にされるんだもん」


 陸雄は放課後に体がやや大きいことから怖がられていたが、気が弱いので軽いいじめを受けていた。

 親しかった友人たちとのクラス替えで、知らないクラスメイトばかりで心が弱っていた。

 清香とは陸雄の隣の家の幼馴染の美少女だ。

 事情を聞いた少年は、手を差し伸べる。


「―――なら、野球してみないか? 体鍛えて、見返してやろうぜ。さっそく俺のチームに入れてやるよ」


 突然の少年の提案に戸惑う陸雄だったが、今までスポーツなどしたことが無かった。


「えっ? 僕、運動出来ないかも……」


 少年はそんな陸雄の言葉に笑って返す。


「そんなこと関係ないって、野球するのにいちいち才能で選んでたら人減って面白くないぜ!」


 陸雄は去年テレビで見た球児たちの泣いている姿を思い出す。


(やきゅう……やきゅうって何だろう?)


 泣き止み、考え込む陸雄に少年は話を続ける。


「―――それに続けてれば楽しいぜ。そのまま家に籠っても面白くないだろ? さっ、行こうぜ。道具は貸してやるよ」


「う、うん……」


 陸雄と少年は、小学生特有のすぐに仲良くなれるやり取りで話しやすくなる。

 いじめている連中とは違う懐かしい感覚。


「俺―――乾(いぬい)。乾丈(いぬいじょう)。ポジションはライトでレギュラーなんだぜ。五年生で好きな食べ物はネギトロ巻とワサビ入りのマグロ。お前は?」 


「僕、岸田陸雄(きしだりくお)。好きな食べ物はお母さんが作ってくれるオムライス……よ、四年生」


「陸雄か―――よろしくな、未来のプロ野球選手候補の陸雄」


「う、うん。プロ野球って何?」


「そっからか。よし、じゃあ俺のいる球団に着くまでに教えてやるよ。まずはセリーグ、パリーグってのがあってだな……」


 陸雄はランドセルを背負ったまま、立ち上がる。

 そして説明する乾のいる少年野球チームの練習場に移動する。


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