弱小野球部の名誉挽回
碧木ケンジ
第1話
投手から―――閃光のように速いストレートが繰り出される。
その白球がミットに沈む球の音は、真夏の甲子園の歓声でかき消される。
瞬間、泣き崩れる打者と―――夏の空に顔を上げて、マウンドで歓喜の叫びを上げる高校球児。
それが液晶テレビで映る甲子園の試合の映像。
―――小学三年生の少年は視線が釘付けになる。
優勝旗を持つ球児たちを見て―――心のどこかで少年は、その結果に至る仮定を知りたくなった。
「陸雄。野球に興味があるのか?」
映像に見入ってしまった少年を見て、父親がチャンネルを変えるのを止める。
「やきゅう?」
「今テレビでやってた番組だよ。来年から出来るから―――興味があれば、お父さんにいつでも言いなさい」
「うーん、まだよく分からない。―――お父さん」
「ん? なんだい?」
「どうしてテレビの中にいるお兄ちゃんたちは泣いているの?」
「……野球をやれば解るぞ」
二人の話の中で、調理を終えた母親の声で会話は終わる。
※
小学四年生の春の終わり。
陸雄は公園の遊具の下で泣いている。
「……ひっく。……ひっく……ううっ……えっぐっ!」
ランドセルを背負ったまま、家に帰らずに泣いていている。
陸雄の隣の家の幼馴染はこの日は風邪で休みで、下校していない。
そんな中で一人―――顔を両手で塞いで、座り込む。
かれこれ二十分経過していた。
園内で誰にも声をかけられずに孤独に泣き続ける。
そんな時―――。
「お前、何泣いてんだよ? 男の癖に情けないぜ?」
元気な少年の声が聞こえて、陸雄は顔を上げる。
野球のユニフォームとバットやグローブを持った年上の少年だった。
陸雄は子供同士なのか警戒心が解けて、今日起きたことを説明する。
「だって―――僕。同じクラスの清香以外から弱虫って、みんなに馬鹿にされるんだもん」
陸雄は放課後に体がやや大きいことから怖がられていたが、気が弱いので軽いいじめを受けていた。
親しかった友人たちとのクラス替えで、知らないクラスメイトばかりで心が弱っていた。
清香とは陸雄の隣の家の幼馴染の美少女だ。
事情を聞いた少年は、手を差し伸べる。
「―――なら、野球してみないか? 体鍛えて、見返してやろうぜ。さっそく俺のチームに入れてやるよ」
突然の少年の提案に戸惑う陸雄だったが、今までスポーツなどしたことが無かった。
「えっ? 僕、運動出来ないかも……」
少年はそんな陸雄の言葉に笑って返す。
「そんなこと関係ないって、野球するのにいちいち才能で選んでたら人減って面白くないぜ!」
陸雄は去年テレビで見た球児たちの泣いている姿を思い出す。
(やきゅう……やきゅうって何だろう?)
泣き止み、考え込む陸雄に少年は話を続ける。
「―――それに続けてれば楽しいぜ。そのまま家に籠っても面白くないだろ? さっ、行こうぜ。道具は貸してやるよ」
「う、うん……」
陸雄と少年は、小学生特有のすぐに仲良くなれるやり取りで話しやすくなる。
いじめている連中とは違う懐かしい感覚。
「俺―――乾(いぬい)。乾丈(いぬいじょう)。ポジションはライトでレギュラーなんだぜ。五年生で好きな食べ物はネギトロ巻とワサビ入りのマグロ。お前は?」
「僕、岸田陸雄(きしだりくお)。好きな食べ物はお母さんが作ってくれるオムライス……よ、四年生」
「陸雄か―――よろしくな、未来のプロ野球選手候補の陸雄」
「う、うん。プロ野球って何?」
「そっからか。よし、じゃあ俺のいる球団に着くまでに教えてやるよ。まずはセリーグ、パリーグってのがあってだな……」
陸雄はランドセルを背負ったまま、立ち上がる。
そして説明する乾のいる少年野球チームの練習場に移動する。
※
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