第72話 記憶の断片

 学園に到着すると、私は迷うこと無く教室へと足を向けた。今までの私だったら教室の場所も分からなかったが、今ではもう大丈夫。その辺りの記憶は既に取り戻しているからだ。



「あ、あれは…」


教室へ向かう途中、ベルナルド王子一行がこちらへ向かって歩いて来る姿が目に入った。ベルナルド王子について歩くテレシア、腰巾着の黒髪のマテオ、銀の髪の人物はアーク。青い髪の青年はオーランドだ。そして、このテレシアはつい最近この学園のベルナルド王子のクラスに転入してきたばかりで、何かと王子に纏わりついていた。そして、そんなテレシアを王子も可愛らしく感じ…いつの間にか生徒会の書記として、テレシアを招き入れた…はず…。


私のおぼろげな記憶によると、ベルナルド王子を含め、3人の腰巾着達は全員生徒会のメンバーだった。その為に自分たちの独断と特権を乱用し、選挙もなしにテレシアを生徒会メンバーにしてしまった…ような気がする。そして彼らは毎朝授業前に生徒会室へ集まって会議と称して、朝のティータイムを楽しんでいたのだっけ?

恐らく今朝もその為に連れ立って生徒会室へ向かっている…のだと思う。


まだ曖昧な記憶がもどかしくてしようがない。


このまま無視して素通りするわけにもいかない。挨拶だけ済ませてやり過ごそう。

すると彼らも私の存在に気がついたのか、此方に視線を送りながら近付いてくる。


「…おはようございます」


擦れ違いざまにそれだけ言って通り過ぎようとした時…。


「ユリア」


ベルナルド王子に呼び止められてしまった。


「はい、何でしょう?」


愛想笑いを浮かべ、振り向くと王子は言った。


「…随分久しぶりに学園へやってきたな?今まで何をしていたのだ?」


ベルナルド王子は私が馬車事故に巻き込まれて10日間も意識を取り戻さなかった事を知らないのだろうか?…つまり王子は私が学校を欠席している間、一度も様子を見来ていないと言う事になる。一応婚約者である私が何故登校してこないのか…王子は気にも留めていなかったのだ。それならわざわざ本当の事を言う必要も無いだろう。言えば面倒な事になりそうな気がする。


「はい、実は少し休暇が欲しくて学校を休んでおりました」


「…そうか」


王子は難しい顔で頷く。


「それでは失礼致します」


そして背を向けて歩き始めた時、再び声を掛けられた。


「ちょっと待て、ユリア」


「はい、何でしょうか?」


立ち止まり、振り向く。まだ何か私に用があるのだろうか?


「い、いや…その…」


するとテレシアが言った。


「ベルナルド王子様、何をしているのですか?急がないと時間が無くなりますよ?」


そして私の見ている前で王子の腕を取り、これ見よがしにこちらに視線を送る。もしかして、ベルナルド王子との事を見せつけて私に嫉妬させたいのだろうか?しかし、生憎私はもうこれっぽっちも王子には興味が無いのだ。そこで言った。


「ええ、そうですね?私に構わず早く生徒会室へ行って下さい。それでは失礼致します。」


頭を下げると、今度こそ私は教室へと急ぎ足で向かいかけ…ピタリと足を止めると振り返った。


「ベルナルド王子」


「え?何だ?」


「…ジョンという人物を御存じですか?」


ベルナルド王子は少し考えこむ素振りを見せると首をかしげた。


「ジョン…?いや、知らないな」


ベルナルド王子は…ジョンの事を覚えていなかった。


「…いいえ、何でもありません。それでは失礼致します」


「え?お、おいっ!ユリア?!」


頭を下げた私に王子が声を掛けて来る。


「申し訳ございません…急ぎの用事があるので、失礼致します」


まだ何か言いたげな王子を無視し、私は強引に背を向けて歩き出した。

他のメンバーもベルナルド王子と今の私の質問に同じような反応をしていた。


多分…間違いない。私の勘が正しければ、恐らく、きっと…!


そして今度こそ、急ぎ足で私は教室へ向かった―。




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